鑑賞の文学―短歌篇(38)―
今年の「短歌人」5月号は、特集に中地俊夫さんをとり上げている。歌壇での彼の活動が静かというか、目立たないので、今までまともに歌集を読んだことがなかった。今回の特集によって、生立ちから現況までの概要がわかり、幾人もの人達の評論や交友記事を見て、大変感動した。歌会で平素見かける穏やかなビジネスマン風紳士とは、いささか異なった人生経験をされたようである。
短歌の作風としては、日常目線のしなやかさ(久保田登)、やすらかに作って、やすらかに読ませる(小池光)という評言になるのだが、心に沁みることは、以下のような例歌からも分る。
一滴の血も流さざるくやしさに夕あかねするふるさとの空
『星を購ふ』
なしをへしこれも仕事のひとつにて墓穴ほりしスコップ洗ふ
『星を購ふ』
父の齢の二倍を生き来しわが母の「もういい」といふ声を
聞きけり 『妻は温泉』
長女のピアノで新婦の美枝が「夢路より」を歌ひしときに
はじめて泣きぬ 『妻は温泉』
オトウサンと呼ばるるたびにどきりつとしてグワイジンの婿
のかほ見る 『覚えてゐるか』
バイリンガルなどと言はれてハーフなるこの五歳児の英語
力あはれ 『覚えてゐるか』
作品の良さは、作者の経歴や家族の情況を知ることでわかってくる。短歌は、私事を中心にした文芸でもあることを改めて認識させられる。