歌集『ぽんの不思議の』(2/2)
今回特に目立った特徴として、以下の2点をあげたい。アステリスク(*)の部分は、私の註釈である。
□取合せ・転換の妙 短歌の詩情を実現する方法として。
難解になる危険性もある。
庭草の茂りのなかに擬宝珠のむらさきありぬ ぬれぎぬならむ
うすやみにウルトラマリンのスカートが遠ぞきてゆく あれは
純音
むらさきの楝の花の咲きさかり真正面から行くほかはなく
こはれゆく夫を看取る友のありことしカルミアのうすべにあふる
天金の本に冬の日さし入りて過ぎたる時が視ゆる 逢はねば
こころ寒く外の面もさむくこんな日は鍋焼うどん 脱落はせぬ
真闇よりとぽんとぽんと雨だれがコップに落つる 今はいつなの
赤錆びた鎖が風雨に揺れてゐる外壁の角 いつも途中だ
時間の象(かたち)けふはなんだか楕円にて庭の水引草(みづひき)
をりをり傾ぐ
選びたる帯締めのいろはかめのぞき春の蛇口の水の音して
*「かめのぞき」は、白に近いごく薄い藍色。
ラズベリージャムのぶつぶつ歯にひびき円周率がひつかかつてゐる
□外国語・カタカナ語 人名、作品名、地名など多様。
「哀歌十四」フランシス・ジャムの秋は来てわたしをすなはち
少女に返す
*フランシス・ジャム(1868年12月2日 - 1938年11月1日)は、フランス
の叙情的な詩人。素朴な易しい言葉で、山野・生物、少女、信仰など
をうたった。
シェヘラザードのつぶやくことば天井に40ワットの灯の影うごく
*シェヘラザード(またはシャハラザード)は『千夜一夜物語』の
語り手で、伝説上のイラン王妃。
ひるひなか広きジャグジー湯はわれひとりアートブレーキーが音
たててゐる
*アート・ブレイキー(1919年10月11日 - 1990年10月16日)は、
アメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグ出身のジャズドラマー。
テラコッタの壺に月桂樹(ローリエ)の枝挿せば卓はかの旅のセビリアの夏
わたくしがふいに古びぬ鬱金色のフランボワーズ含(ふふ)みたるとき
*フランボワーズ: フランス語で、ラズベリーのこと。
なお、次のようなユーモアのある作品も楽しい。
ジャグジー湯におどる黄の柚子おとがひに寄りきてつぎつぎ喃語
つぶやく
坂道の石につまづくわたくしを見てゐなかつた 秋の蒼天
密告をしてゐるやうに白梅にめじろがかほをつつこんでゐる
ドアスコープ覗き男のデフォルマシオンされたる顔とふたこと話す
四歳が力をこめてクレヨンに書く恐竜のやうなひらがな
さはあれど比翼連理のよろしさにティッシュペーパー箱より抜きぬ