駅(4/10)
昔、汽車で旅した頃には、駅弁を買うことが楽しみであった。弁当をいっぱい積んだ箱を、肩からベルトで胸前に掲げた男の売り人がホームを、声張り上げて売り歩いていたものである。汽車が走りだして勘定をしながら並行して走る売り人を見て、はらはらしたこともあった。また駅弁の器が陶器の場合は、空になったものを家に持ち帰り、植物の鉢植えの鉢につかったりしたこともあった。(「峠の釜めし」で経験した人は多い。)
夜の駅にもの売る声の冴えとほりみづからの声を
たのしむごとし 上田三四二
この世にぞ驛とふありて出立と戻ると人はわかれゆくかな
佐竹彌生
駅頭にこゑ涸れて署名呼ぶ今日の終りて遅き夕食となる
筑波杏明
五月は喪服の季節といへり新緑の駅舎出づればまぶしき真昼
尾崎佐永子
階段を二段跳びして上がりゆく待ち合わせのなき北大路駅
梅内美華子
いっせいに傘をひらきて駅頭の人ら花咲くごとき数分
森佐知子
羊の顔の紙屑箱がむかし西荻窪駅にありつかまって吐いた
高瀬一誌