涙のうた(8/11)
袖のうへに人の涙のこぼるるはわがなくよりも悲しかりけり
香川景樹
かの人の目より落ちなばいつはりの涙も我れは嬉しと思はむ
落合直文
野に生ふる、草にも物を、言はせばや。涙もあらむ、歌もあるらむ。
与謝野鉄幹
ふるさとを恋ふるそれよりややあつき涙ながれきその初めの日
与謝野晶子
たまさかに人のかたちにあらはれて二人睦びぬ涙ながるる
島木赤彦
病みふせるひとのまなこゆ
おのづから落つる涙を
我が手に拭くも。 石原 純
山なかに心かなしみてわが落す涙を舐むる獅子さへもなし
斎藤茂吉
わかくして慚の涙をおとししが年老いてよりはや力なし
斎藤茂吉
香川景樹と落合直文の歌: 相手の性別は男女どちらでもよさそうであるが、女性を想定した方が説得力があるように思われる。
与謝野鉄幹の歌は、晶子の歌に比べて概念的で迫力に欠けるようだ。あるいはそれぞれ男らしさ、女らしさ が出ている、と評するか。
島木赤彦の歌: 情景は想像するしかない。水泳教室に通っている老人と老女が仲良く泳いでいる。二人とも水に潜っていたのが、水面に現れた時の情景という。二人は夫婦であった。それに感動して涙が流れたのだ。歌は『馬鈴薯の花』(中村憲吉との共著)に出てくる。
(詳細は、https://sunagoya.com/tanka/?p=12802をご覧頂きたい。)
石原 純は、明治-昭和時代の物理学者(相対性理論,量子論の研究),歌人(アララギ派)。東京帝大を卒業し物理学で東北帝大教授となったが、歌人の原阿佐緒との恋愛問題で辞職した。歌人としては新短歌運動(分かち書き、句読点、海外詠など)を推進した。交通事故に遭って重傷を負い、67歳で死去。