歌集『朝涼』(1/4)
このたび丹波真人の第四歌集『朝涼』(ながらみ書房)を読む機会を得た。近年は短歌界に疎いので、丹波さんは初めて知った。略歴によると、1944年生まれ。コスモス短歌会に入会、宮柊二に師事したという。すでに『につぽにあ・につぽん』『桑年』『花顔』の三歌集を出版済み。
『朝涼』という歌集名は、鎌倉こまち通りはずれの鏑木清方旧居で見た「朝涼」の軸絵からとったようだ。次の歌によって判る。
館内の目につく壁に「朝(あさ)涼(すず)」の軸あり浴衣の
美少女が立つ
この歌集の特徴を一言でいえば、前衛短歌以降の現代短歌に頻繁にみられるような騒々しい方法論が目立たず、近代短歌にあった静謐さと懐かしさが感じられる平易な作品群であること。
以下では、こうした読後感を与える要因を短歌技法の面から分析してみたい。
1.詩情
短歌に詩情をもたらす技法としては、擬人法、比喩、取合せ・転換 などの表現がある。それらを総合的に実現した作品を次にあげる。ただ現代歌人としては、いずれの技法も多くは使用されていない。
□擬人法 7首(1.4%)。 4例あげる。
注連縄をまかれて立てり千年の大榧の幹おとろへ見せず
ネクタイをぴつちりきめし四十雀庭の手水をせはしなく浴む
真夜なかにふと起き出でて冷蔵庫の思はぬ荒き息づかひ聞く
みちのくの相馬の猛き野馬ならね原発四基昂ぶりやまず
□比喩
[直喩]16首(3.3%)。 4例あげる。
石原純縷々とつづれる恋の文言ひ訳めきて清しさあらず
顎に手を添へて遥かを見やるがに朔太郎像河畔に立てり
はらわたを揺さぶるやうに大太鼓どろんどろんと夜神楽告げつ
餅を搗くうさぎは見えず月球は表情とぼしき人面に肖(に)る
[隠喩]8首(1.6%)。 3例あげる。
東京に勤め埼玉に住み古れどわが身の芯は群馬の山猿
加賀をぬけ能登へと入りぬ半島の喉の千里(ちり)浜(はま)白砂つづく
離岸流に乗りていつしか引き返し出来ぬ沖へと向かふ日本か
□取合せ・転換の妙 2例あげる、
眼の渇き覚えて夜ふけめざむなどかつて無かりき還暦迫る
盲目になりても父と逢へし子と拉致され消えし昭和の子ども