天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

幻想の父(9/12)

歌集『約翰傳僞書』

■父への願望、父恋の歌もある。
 父とわれ稀になごみて頒(わか)ち讀む新聞のすみの海底地震
                       『水銀傳説』
微笑ましい情景ながら、わかち読むをどう解釈するか。新聞のすみの海底地震に関心を持ったのが子なら、その面を父がはずして渡したか。父も関心があったなら順番に読んだか。
 父あらばともにひらかむ冬の夜を緋々と北欧のポルノグラフィー
                         『波瀾』
通常は父子ともに最も隠しておきたい内容なのだが。北欧なので雪が「霏々と」降るが、「緋々と」とくれば、顔赤らめて共に開くとなって印象強烈。
 父戀の旅は知らずもやまがはの春いたるとて走る青杉
                      『されど遊星』
二句は反語であって、春がきた山河に父を偲んで汽車の旅をしているのだ。窓外には青杉林が続く。
 浴槽に金の夕映 亡き父が沈みわれ沈み涙のみづうみ
                      『約翰傳僞書』
最晩年八十一歳の歌集に出てくる歌。夕焼に照らされた浴槽に亡き父と共に浸る。想うだに涙ぐましく、浴槽は涙の湖と変る。