このシリーズでは、病気の具体名に特定せず、いわゆる病、病むと詠まれた作品を取り上げる。病には疾の字を当てることもある。
癌など特定の病気に関する歌は、別の機会に取り上げたい。
関連する言葉として、古称の「いたつき」、病み伏す(病みこやす)、長病む、患う など。
古人(ふるひと)の賜へしめたる吉備の酒病めばすべなし
貫簀(ぬきす)賜(たば)らむ
万葉集・丹生女王(にふのおほきみ)
沖つ波寄する荒磯(ありそ)の名告藻(なのりそ)は心のうちに
疾(やまひ)となれり 万葉集・作者未詳
色みえて雪つもりぬるみのともやつひにけぬべき病なるらん
紀 貫之
足引のやまひはすともふみかよふ跡をもみぬは苦しきものを
後撰集・大江朝綱
我こそや見ぬ人こふる病すれ逢ふ日ならではやむ薬なし
拾遺集・よみ人しらず
足引のやまひにやせぬ下の帯の一重ゆひしも三重ゆふまでに
荷田春満
いたづきの癒ゆる日知らにさ庭べに秋草花の種を蒔かしむ
正岡子規
一首目の古人は、「酒を讃(ほ)むる歌」13首を詠んだ酒好きの大伴旅人をさす。貫簀(ぬきす)とは、丸く削った竹で編んだ簀のことで、たらいなどにかけて、水や湯を使うとき、手もとにかからないようにする道具。一首の意味は、旅人さんが好んで飲んだという吉備の酒は、病んでいる私にはどうしようもない。それよりも貫簀(ぬきす)を頂きたい、という。貫簀(ぬきす)をどうしようというのか判然としない。この歌にちなんだ吉備の酒は岡山県で今も造られている。
紀貫之の歌では、三句目の意味が分からない。
「やまひ」の「やま」に枕詞の「足引」をもってきた歌を二首あげた。