身体の部分を詠むー顔 (2/7)
この牢の板の節目をものの顔にきめて慰む似ぬものもあれど
斎藤 瀏
*斉藤瀏は、1936年、二・二六事件で反乱軍を援助して禁固5年の刑となり、入獄した。この時の経験を詠んだもの。
事もなく説明をする典獄の顔のかなしさよ絞首台を前に
矢代東村
*矢代東村は、弁護士ながらプロレタリア短歌運動に参加して、数カ月投獄されたことがある。この歌は、その折に見た情景であろう。作者が絞首刑の宣告を受けたわけではない。
孫悟空のごとき顔して写されつ老眼鏡をはづすはずみに
宮 柊二
つぎつぎと事務執りゐつつゆくりなし黒き下敷にわが顔映る
田谷 鋭
*「ゆくりなし」とは、思いがけない、不意である という意味。下句の情景が思いがけなかった、のである。
家族みない寝しづまりし夜の鏡まなぶた垂れし顔うつしゐる
岡野弘彦
初顔(うぶがお)を見しときどこか似てゐると吾児を抱きぬ父となれる日
小名木綱夫
*「初顔(うぶがお)」は、産まれたばかりの児の顔を指す。
かたちなくわれのゆくてを阻むもの羅刹(らせつ)の貌をして現れよ
大西民子
*羅刹とは鬼神の総称であり、ヒンドゥー教に登場する鬼神ラークシャサが仏教に取り入れられたものという。仏教の十二天に属する西南の護法善神。下句で作者は羅刹に何を託したかったのか? 羅刹なら諦めがつく?