身体の部分を詠むー耳(6/7)
わが胸に苦しき泉湧く音をひそかに測りゐる白き耳
岡野弘彦
*医師が作者の胸に聴診器を当てている情景か。あるいは、恋人が作者の胸に耳を押し当てているようでもある。
目の前に耳の裏側ある車内ぶざまに張りだすわが耳おもう
武川忠一
われを呼ぶ風の声聴く左耳夕闇のなか柔らかさもつ
小瀬洋喜
*下句は「風の声」を修飾しているのだろう。
地下駅に耳鋭(と)くなりて歩みゆくいま会ひし人おのれを厭(いと)ふ
篠 弘
*「歩みゆく」のは作者であろう。下句の「おのれを厭(いと)ふ」のは、作者がいま会った人ということになる。自己嫌悪に落ちいっている人の状態を詠んでいるようだが。
いくへにも聞こゆるものか発車ベル耳はせせらぐ東京駅に
篠 弘
*「せせらぐ」という言葉は、通常の辞書には載っていない。「せせらぎ」は、川の浅瀬などを流れる水の音なので、「せせらぐ」という動詞は、水音を立てるといった意味になる。分らないことはないが、表現上無理があるのではないか。
[追伸]耳は通常、受動的な器官なので自動詞の「せせらぐ」は合わない、と思える
のだが、常識を超えるところに詩があることの証左と、解釈できよう。
近くいてともに会わざる左右(さう)の耳こもごも夜の枕にあてる
山下和夫
桜花極まれるなかゆきゆけど持ち得じ薄きくれなゐの耳朶
渡辺茂子