身体の部分を詠むー顔 (3/7)
眼のあひだつまりてひたと人を見し亡き子のかほは今も切なし
五島美代子
顔と顔をぶつつけあつてぺしやんこに潰れたる夢の泥の中なり
前川佐美雄
*この歌は、「短歌研究」(昭和29.1)の「鬼百首」内にある。酷評されたらしいが、自在な作法なので驚かされる。「潰れたる」までの上句は、すべて夢に掛かる。
わが顔が音なく潜りわが前に浮びあがるまでの間にある海よ
浜田 到
顔写る鏡のおもて騒然と波だちながらわが夜は来る
岡部桂一郎
*「顔写る鏡のおもて」がどの場所を指すのか判然としない。鏡の周囲に、と理解するか。
樹のなかを人はかよひきその貌のひとつだになき静けさを来つ
前登志夫
*「その貌」とは、人の顔のことだが、作者のことであろう。昔、作者は森林を行き来していたのだろう。あらためてその静かな場所に来たが、そのころの自分の顔を思い出せない、という。ちなみに吉野の前家の家業は林業であり、作者も従事していた。
葱匂ふ掌に面(かほ)を抑へゐつかなしみもかく仄かに透れ
石川不二子
感じやすき死者たちがまた騒ぐゆゑ顔あげる並びくる靴音に
平井 弘
*死者たちと「並びくる靴音」との関係に、戦争の時代を感じる。