母を詠む(1/12)
母(はは)の語源は、「はし(愛)」の語根を重ねたという説あり。「たらちしの」「たらちねの」「たらちしや」などは母にかかる枕詞。また「たらちめ」「たらちめの」は「たらちね」から派生した語らしい。母を詠んだ作品は、古典和歌から現代短歌を通じて数多い。
憶良らは今は罷らむ子泣くらむそを負(お)ふ母も吾(わ)を待つらむそ
万葉集・山上憶良
たらちしの母が目見ずておほほしくいづち向きてか吾が別るらむ
万葉集・山上憶良
*「母の顔を見ることが出来ず、心をふさいだまま、どこの方角に向かって、私は別れて行くのだろうか。」
たらちねの母の命(みこと)の言(こと)にあれば年の緒(を)長く憑(たの)み過(す)ぎむや
万葉集・柿本人麻呂歌集
*「乳を与えてくれた実母の大切な命令であれば、長い年月をただ頼りにさせたままで済ますでしょうか。」
たらちねの母が手放(てはな)れかくばかりすべなき事はいまだ為(せ)なくに
万葉集・柿本人麻呂歌集
*「母の手を離れて、こんなにどうしようもない思いは、いまだかつてしたことがありません。」
魂合はば相寝(ね)むものを小山田の鹿猪田(ししだ)禁(も)る如母し守(も)らすも
万葉集・作者未詳
*鹿猪田(ししだ): いのししや鹿などが出て荒らす田。
「魂が合えば共寝できるのに、小山田の鹿猪田を見張るように母が私を見張っている。」
天地(あめつし)のいづれの神を祈らばか愛(うつく)し母にまた言問(ことと)はむ
万葉集・大伴部麻与佐
*「天の神、地の神、どの神に祈ったら、いとしい母に、また話ができるのでしょうか。」
難波津に装(よそ)ひ装ひて今日の日や出でて罷(まか)らむ見る母なしに
万葉集・丸子連多磨
*「いよいよ今日、この難波津より完全武装で出航しよう。この晴れ姿を、見る母はいない。」
防人の歌。