天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成十一年「蟹葉覇王樹」

  くれなゐの爪を開きて踊りゐるテレビの上のカニバサボテン

  氷河期を越えここに残れる薄羽黄蝶の食草とする駒草の花

  生殖と性の喜び切り離す電気ショックが受精に替はる

  自が手に自がクローンを作り出す細胞学者わが夢に棲む

  妻は麦酒われは老酒飲みながら子の話する焼肉の店

  をみな三人離婚話をしてをりぬ龍胆咲ける山に憩ひて

  ひむがしの空を見上ぐる午前四時獅子座流星群を田に待つ

  ひとところ笹の葉白く汚れたり杉の木立に何鳥か棲む

  沈船のデッキに揺るる藻を食めり戦後生まれのサザナミハギは

  ゆき処なき水の溜まれる湖にブラックバスが公魚(わかさぎ)を食む

  戦況のニュース伝へしケーブルに珊瑚の付きて色を競へり

  小春日の甲板に立ち胸反らす二本マストの戦艦「三笠」

 

     転生   六首

  たのしまぬ男となれる我とゐて御仏を彫る眼鏡の妻は

  われを駆る魂の抜けたる肉体を冬日にさらす小動(こゆるぎ)の浜

  空襲の首都守らむと火を噴きし猿島要塞砲台に立つ

  すずらんの揺るるがに鳴るチャイムかな小春日暮るる夕映の空

  地を出でし善知鳥(うとう)の雛は六月のエゾカンゾウの風に吹かるる

  親が呼ぶ「うとう」の声に「やすかた」と子が応へけり陸奥外ヶ浜

 

  走水沖の白波高き日は弟橘媛の衣偲ばゆ

  サルビアに囲まれて立つ真裸の少女は石となりて声あぐ

  水面をただに見つめて動かざり泡の吐息のチカメキントキ

  最良の属性のみを集めたる苗を植えたり北の荒野に

  をみな三人離婚話をしてをりぬ鶯の啼く明星ヶ岳

  倒木の朽ちたるままに橋なせり初雪残る谷川をゆく

  金属の音と人声降り来る岩場見上げて砂利道をゆく

  岩登る人見上げつつ年輩がアルミカップに珈琲を飲む

  断崖に垂れたるロープ朝の日に金具光れり人影見えず

  支へあひ夫婦で挑む岩場なれ先に登るは髪長き人

  つややかに幹のめぐりの太りたる桜木立てりいつもの場所に

  野薊の枯れ残りたる紫が冬日に光る砂利の山道

  沿道に並ぶ椿の散り果てて紅白分かず枯れて重なる

 

     大山   五首

  つらなりて茅の輪くぐれる境内に混迷の世を抜け出でむとす

  ちはやぶる神の祠を見下ろしてハングライダー初空に舞ふ

  霞たつ丹沢山塊越えて見ゆ白雲巻ける富士の頂

  良弁が開きて住みし寺の跡仏法僧とふ木葉木莵(このはづく)棲む

  年ふりて朽ちたる岩と大木の山は遠くゆ見るがたふとし

 

  武蔵野の大地を深くくぐり来て人形町といふ地下鉄の駅

  空中に水を飛ばして餌を取る芸に飽きたる鉄砲魚たち

  流星の卵なるとふ微惑星冥王星の外に漂ふ

  新しき職場に来るも同僚と競はせらるる定年間近か

  見てをれば心なごみぬ水槽の色豊かなる海月の宇宙

  黒雲の中に生れたるトラペジウム産声上げて光り輝く

  下顎のとび出だしたる長き尾のマダラトビエイ実直なる顔

  回転式離頭銛とふ高度なる漁具を使ひしオホーツク人

  巻貝の殻を背負へるヤドカリの沈思黙考核査察拒否

  赤錆の水出できたり鉄製のポンプからびて見捨てられたる

  飛び散れるわれらが五体いつしかに宇宙の塵となりてただよふ

 

     水に棲む   四首

  ツメタガイ針先ほどの穴開けて桜貝の身啜るといへり

  耳石器の平衡感覚試さるる宇宙飛行のガマアンコウは

  花巨頭(ごんどう)鯨の親子立ち泳ぎ身を巡らする芸に生くるも

  光無き鍾乳洞の水底に肌のま白き目のなき魚棲む

 

  をさな児が指さし触るる襟巻のふさ毛のテンを動かしてやる

  セイウチの牙を刻みてつややけし頭のとれし乙女の牙(が)偶(ぐう)

  春近き海に騒立つ声なれば土器に描きし水鳥紋様

  青白きグラスあふれて受け皿にこぼるるままにつぐ「美少年」

  ユーラシアより渡り来しアトリ飛ぶ灰降るごとき山峡の空

  人類に大祖母(おほはは)ありきアフリカにミトコンドリア・イヴの大尻(おほいど)

  青桐の苗を配りて語り継ぐ被爆の町に生きのびしこと

  剪定の梅の小枝を振り回し下校の子等が梅林をゆく

  純白の孤高のいのち白鷺は家族の記憶消して旅立つ

  トナカイの群と暮らせるチュクチ族モンゴロイドの雪焼けの顔

  酷寒の野にとどまれば死ぬばかり鼻息凍りトナカイを追ふ

  蜜線の甘き香りに誘(いざな)はれ虫が落ち込む太陽の壷

  水掻なき原始の蛙岩肌を風に吹かれて転がり移る

  冬川に舟一艘をこぎ出だす放し鵜飼をひとり伝へて

  花種とわが骨混ぜて野に撒けと遺言書くを楽しみとせむ

  赤松のあかき肌へに耳つけてこの世見て来しつぶやきを聞く

  新しき花束ありき雪降りし山に古りたる木の墓標立つ

  はがされし木蔦の跡の蚯蚓腫れ太き欅の幹に残れる

  蛸杉が足くねらせて聳え立つ高尾の山に春はきにけり

  張り出だす根のたくましき辛夷の木風に光れる和毛(にこげ)の蕾

  白雲は風の道筋風紋は風の足跡砂丘を越ゆ

  金色のかげりおびたるまねき猫目無しダルマの横に手招く

  乳濁の霧の中ゆくゴンドラに二人となりて妻ははしゃぎぬ

  「日の丸」と「君が代」ゆゑにうとましき国旗国歌を作り替へまし

  川なべて水色に塗る子供らを育める国大和しうるはし

  漂へど受精せざりし卵(らん)死せり赤き波寄る珊瑚の墓場

  校長の自死宙に浮く日の本の国旗国歌を厭ふ教育

  視野を覆ふ大根の畑青々と春の日を受け海をへだてて

  硫黄ガスにはかに臭ふ冬木立ヒメシャラ赤き肌をさらせる

  鶯の初音聞きたりまなかひに大湧谷の冠ヶ岳

  弥生いまだ寒き日あるを待ちきれず長興山の桜訪ひにき

  誰か言ふ枝垂桜はタランチュラ白き毛深き手足張りたる

  「此処に駅ありき」と書ける碑(いしぶみ)が馬車鉄道のありし青梅に

  自衛隊富士学校の隊員がゲートを守りてひとり居眠る

  霧深き演習場をわがゆけば監視せるものいづくにかある

  自らも他人も救へざる国の国旗国歌を捨つる時はや

  七輪にかざす匂ひの芳しき秘伝のたれの手焼煎餅

  閼伽水をかくる柄杓のからころと父母眠る谷戸の奥津城

  漬物と鰻と原酒うまき故わが幾たびも来しこの鰻屋

  盲目の軍隊蟻のすぎゆきを待ちて動かず森の蠍(さそり)は

  新緑の四万十川の森に聞くアカショウビンてふ火の鳥の声

  翡翠(かはせみ)の礫(つぶて)よぎれる川の辺にトサシモツケの白き花咲く

  いつの日か生を受くらむ牛も人も凍結保存の未受精卵子

  それぞれ顔の映れるガラス窓鰻食ひゐる彼岸夕暮

  ひたすらに鰻重食へる老夫婦言葉交はさず食ひ終りたり

  つぎはぎの板の木目の合はざれば疲れたる目をいらだてるかも

  スタンドにバーガー食めるをみな等はPHS置き煙草を吸へり

  春雨の日曜に訪ふ長谷寺の庭に知りたる草木の名前

  刀身の肌を思ひて舐めてみし砥石の里の嵯峨野樒原

  原産は南アフリカ喜望峰初島に咲く極楽鳥花

  初島の生簀の中の烏賊の群螢光点し泳ぎけるかも

  くれなゐの蕾ふくらむ桜木のほてり鎮めよ山の夕霧

  潮引きて白波洗ふ弓張りの三石までの石塊(いしくれ)の道

  ゆふるりと雲の塊つらなりて西に流るる那覇の夕空

  礼節を貴ぶ国を訪れし人みな朱き門をくぐりぬ

  岩山に叫ぶ真黒きメガネグマ交尾したるを人類が見る

  スコールの水を溜めざるルワンダの森なき山に残る切り株

  泡盛は串揚に合ふと合点せり客ひとりなるホテル料亭

  フェルメールの描く日常ひとこまに時間が止まるデルフトの街

  食堂の生簀に数尾活け烏賊が青き明かりを点して泳ぐ

  忘られし釣銭に足す釣銭をつかみてわれは地下鉄に乗る

  煙草吸ふ老婆に席を譲らざり大山行きのバス待つベンチ

  なにとなき匂ひ嗅がむと女生徒の横に坐りて目つむるわれは

  人気なき摩文仁の丘の売店に老婆がひとり我を手招く

  羚羊の胸毛につきしメナモミの種はろばろと山越えゆきぬ

  供養料絶えて久しき墓なればさら地に返す谷戸の滴り

  姫沙羅の銅色(あかがねいろ)の肌を撫で嗚呼何故ここに立つと問ふ人

  北限とふ鬼谷川(おんだにがは)に棲み継げり黒紫の大山椒魚

  アマゴ、アユ、イワナを食みて時忘る清流に棲む古代の魚は

  酷寒をヤーゲリ食みて生き延ぶるトナカイを食ひ人が生き継ぐ

  小指から指を押さへて腕肩に十を数ふるコロアイ部族

  熱帯の森のそよぎに飛び立てりアルソミトラの種が空ゆく

  軒下の電力計の上にゐる風強き日の燕のつがひ

  エアコンの風の流れに鳴りにけり風鈴妖しビルの鰻屋

  小鰺刺、白千鳥棲む川原の卵を狙ふ嘴太烏

  あはれはやチョウゲンボウと野良猫が狙ふ川原のコアジサシの子

  もののふが身を焼き尽くし焦がれける補陀落浄土厳島美し

  いつよりぞ人棲みつきてながらふる砂漠の村の涙の泉

  六月の海を暗めて押し寄せし数限りなき戦艦の影

  半世紀経ちてわが見るひめゆりの塔の下なる小さき洞窟

  日の当たる水面に繁る蓮の葉に倦みたるごとき白き花ある

  わが足に寄りくる白き伝書鳩梅雨に濡れたる脚のくれなゐ

  いづくよりどれほど歩み来しならむ朝の路上に轢死の狸

  薔薇園の植込に鳴るスピーカー レゲエの声に退廃にじむ

  高光る日のあまねきに倦みたるか睡蓮あまた欠伸する午後

  観客の方を向かざるオオワシは高みにありて山を恋ふらし

  偶蹄目キリン科オカピ静かなれば二十世紀に入りて見つかる

  窓際に携帯電話に話しゐる女の家庭複雑らしも

 

     沖縄(一)   六首

  人少なく車混み合ふ那覇の町国際通りと呼べど狭しも

  泡盛はタイの米から作るといふ砂糖黍からと思ひをりしを

  ホルトノキ、アコウ、チシャノキ首里城の荒廃隠す緑の若木

  彼我の兵たふれしといふ司令部の塹壕跡にガジュマル立てり

  砲撃の跡に設けし神の座の白きちひさき首里森御獄(すいむいうたき)

  沖縄(うちなー)の死者の魂(まぶい)も目覚めけむニライカナイに朝日が昇る

 

  敗軍の将 兵を語れる前社長腹心なきが敗因といふ

  部下の無能を愚痴れど誰も耳貸さぬすなはち我の無能を嗤ふ

  木に作る飛騨の匠の特攻機「キ106」つひに飛ばざり

  一万二千円に買はむとする父を娘引きとむ銀の風鈴

  家中の部屋といふ部屋に鳴り出せり風鈴市に買ひし風鈴

  たづぬればソープ、キャバレー立ち並ぶ吉原大門花園通り

  花火玉こめて待ちたる伝馬船吉原通ひの船着き場跡

  隅田川河口に荒き波立てり黒き河鵜の潜(かづ)き息づき

  動くもの動かぬものをとりまぜて笊(ざる)にがちやがちや売る腕時計

  草木になりきれといふ声すなり砂に真向かふ今といふ時

 

     沖縄(二)   六首

  首里城の玉御冠(たまんちやーぷり)つつましき金銀水晶珊瑚碧玉

  豚足にはつか付きたる皮を食み十年ものの泡盛に酔ふ

  半世紀経ちてわが見るひめゆりの塔の下なる小さき洞窟

  隠れ棲む壕を恐るる米兵が放つ紅蓮の火焔放射器

  顕彰の碑のわだかまる庭内にデイゴは朱き花を散らせり

  トン当り二万円では成り立たぬ見捨てられたる砂糖黍畑

 

  伎樂面鼻長きあり太きありをみな集ひてひそひそ笑ふ

  水槽の五線に掛かる休止符のタツノオトシゴ唄ふヘコアユ

  呆然と風に吹かるる眉長きイワトビペンギン椰子の木の下

  アフリカの大地をゆけり親と子の二足歩行の足跡化石

  丁寧に総務部長は切りだせり一年早き転籍のこと

  瀧の汗流せる後の生ビールさより日干しの薄焼きに飲む

  もののふが死して集へる高野山墓の大きさ競ひて眠る

  感動の少なきわれは山寺の岩秀(いはほ)見上げて汗を拭くのみ

  上山茂吉記念館の庭に立ち夏の蔵王のけぶれるを見き

  JR「茂吉記念館前」駅に消化不良の腹抱へゐつ

  リアリズム近代短歌を振り切りしサンボリズムの瑠璃色の靴

  頂きは無残夏日に赤土の灼けてけぶれる吾妻連峰

  光太郎智恵子の話テロップに新幹線ゆ夏の安達太良

  ひたすらに悪意の所在あばかむとこの夏読みし「緑色研究」

 

     沖縄(三)   五首

  夕暮のなぎたる海の沖白み那覇の港を出づる黒船

  首里城の四つ爪持てる竜の群三十三匹が正殿に棲む

  砲弾の飛ぶ音の中保線せり十四歳の通信兵は

  鎮魂の摩文仁の浜に寄る波をまぶしと思ふ五十五歳は

  悲しみの風化する島ふたたびの戦思ひて沖縄を発つ

 

  蛍追ふ女に大地打つ男踊りさみしき風の盆唄

  マリーンスノー降る海底におぼろ見ゆ戦艦大和の菊の紋章

  寝ねがてに聞く風鈴の思ひ出や川崎大師の葛餅の店

  銅鐸の形なしたる風鈴の音色が運ぶ出雲路の風

  「クローン牛」札付けられし肉牛の暴れ暴れて売られゆきけり

  ロシア製地雷の「黒き未亡人」どの国からももてはやされし

  杖つきて再び戻る地雷原家族養ふ古里の村

  どんどんと夜空に暗き朱を散らす「和火」とふ江戸の色にこだはり

  脅迫の西日が差せり踏切の信号音にうづくトラウマ

  水澄める湖(うみ)を覗けばその昔湖底にありし街道の木々

 

     外人墓地(一)   六首

  緑青の屋根角錐の尖塔に十字架光る極東の空

  黒船の一水兵を弔へる号砲遅速なきにたまげし

  アメリカ人僧官の持てる祭文を和尚は眼鏡借りて見つめき

  朽ち果てて見分けざりしを建て直し桜植ゑたり犠牲者の墓

  巧みなる絵筆の噂広まりて百姓町人紙持ち集ふ

  日本忘じ難く候帰り来て日本人妻と息子と眠る

 

  飛び石を伝ひ来れば大いなる緋鯉片目にわれを見上ぐる

  捨て猫が仔を産み増やす山頂にロープウェイのゴンドラが着く

  黄金の矢を射通せり洞深き黄泉比良坂遺伝子操作

  美しき小石敷き詰め葬られし少年の骨アジサシを抱く

  廃線の鉄路に沿へる花芒銀の垂り穂が風になびかふ

  枯尾花銀のふさ毛に団栗をふたつ入れれば梟が立つ

  売上は社員の数に比例する易き経営をときにさげすむ

  葉を落とし白骨化せる高木のあまた立つ見ゆ相模の山に

  女学生ふたり乗せたる人力車小町通りをほたほたとくる

  康成の未完原稿見てをりぬいづこのことか「幸福の谷」

  たちの悪いいたづらは・・と始まれり「眠れる美女」の古りし原稿

  バス待てる人の連なりわが作るすき間を後の人が気にする

  膀胱に尿のたまれば目の覚むる夜の神経あるはうれしも

  鬱々とヒバの林の暗ければ秋寂しめる鳥影も見ず

  花火師の家に生まれて花火師に嫁ぐ子が見る父の大輪

  産卵を終へて流れに身をまかす落鮎あはれ夕映えの色

 

     外人墓地(二)   五首

  教会の扉開きたり奥深き壁の高みにたたすキリスト

  倒壊の校舎の下に動けざり祈り誦しつつ逝きし校長

  「神よ日本人を祝福して下さい」日本語の完訳なりし新約聖書

  人けなき校庭に入り確かむる新約聖書和訳記念碑

  ポトマック河畔の桜里帰り外人墓地の春は華やぐ

 

カニバサボテン