身体の部分を詠むー目(2/9)
あめの下芽ぐむ草木の目もはるにかぎりもしらぬ御代の末々
*「天の下、春雨の恵みのもとで草木の芽が、目も遥か限りなく続き、、わが君の御代は末々まで限りなく続くでしょう。」
大空を眺めてぞ暮す吹く風の音はすれども目にし見えねば
夜な夜なは眼のみさめつつ思ひやる心や行きておどろかすらむ
後拾遺集・道命
*「毎晩毎晩目が覚めてあなたのことを思っている私の心が飛んで行って、あなたを驚かしているのだろうか。」 すでに本ブログの「心を詠む(6/20)」において取り上げた作品。
みほとけ の うつらまなこ に いにしへ の やまとくにばら
かすみて ある らし 会津八一
かぎりなき知識の欲に燃ゆる眼を/姉は傷(いた)みき/人恋ふるかと
*啄木には二人の姉と一人の妹がいた。
夜の灯のともり出でしを見やる児のあな何といふまじめなる眼ぞ
窪田空穂
張り換へむ障子もはらず来にければくらくぞあらむ母は目よわきに
長塚 節
*情景が思われて心にしみる。
身体の部分を詠むー目(1/9)
目(眼)は、光を受容する感覚器。中枢神経系の働きによって視覚が生じる。目には多数の意味が伴う。目つき、視力、注目、洞察力、外観、体験(つらい目にあう など)、すき間や凹凸、順序(xx番目など)、性質や傾向 等々。
なお「まなこ」は「目 (ま) の子」の意味。
青旗(あをはた)の木幡(こはた)の上をかよふとは目には見れども直(ただ)に
逢はぬかも 万葉集・倭姫皇后
*「青旗の」は、「木旗」に懸る枕詞。
「青々と繁った木々の上を大君の魂が通うと目には見えるのに、現実にはお逢いできないことです。」
目には見て手には取らえぬ月の内の楓(かつら)のごとき妹をいかにせむ
*「目には見えるけれど手には取れない月の中の楓のようなあなたをどうすればいいのか。」
一二(ひとふた)の目のみにあらず五六(いつつむつ)三四(みつよつ)さへあり
双六(すごろく)の采(さえ) 万葉集・長忌寸意吉麿
*采(さえ): サイコロのこと。
「一、二の目だけではなく五、六、三、四の目さえもあるよ。双六の采」
雲隠る小島の神のかしこけば目こそ隔てれ心隔てや
*「雲に隠れた恐ろしい小島の神におののいて、逢えないことがあろうとも、心離れることはない。」
来む世にもはやなりななむ目の前につれなき人を昔と思はむ
古今集・よみ人しらず
*「もう早く来世になってしまってほしい、そうすれば今こうして思っている冷たい人も、昔のものと思うことができるのに。」
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる
おもへども身をしわけねばめに見えぬ心をきみにたぐへてぞやる
古今集・伊香淳行
*「一緒に行きたいとは思うけれども、この身を二つに分けるわけにもいかないので、「目に見えぬ心」をあなたと一緒に付き添わせましょう。」
世の中はかくこそ変りけれ吹くかぜのめにみぬ人もこひしかりけり
古今集・紀躬之
*「人の世とは、かくも不思議なものですね。吹く風のように目に見えない人を恋しいと思うのだから。」
身体の部分を詠むー骨(4/4)
骨くらいせめて綺麗にしておかむ今日は為朝百合がひらきぬ
*上句は情景がわからないので不気味。
音たてて頸骨まはすそのかみの恐竜たちが風きくさまに
おそらくはつひに視ざらむみづからの骨ありて「涙骨(オス・ラクリマーレ)」
*涙骨(るいこつ): 頭蓋骨を構成する皮骨性由来の骨。ヒトの涙骨は不正長方形の薄い骨で、左右一対あり、眼窩の側壁の前端部で涙嚢窩の後半部を構成している。(辞典から)
骨をおおう脂肪の白き層重ねわれは石鹸になりやすきひとり
佐伯裕子
骨盤の大き女とすれちがひ思ひなほして大股にゆく
骨は意志 骨はイメージ 骨は神(しん) 初の一歩の記憶辿らん
玉井慶子
身体の部分を詠むー骨(3/4)
長雨によみがえるいかりいんぱあるのくさむら中の骨の集積
加藤克己
*いんぱある: インパール作戦が実行された土地。1944年(昭和19年)3月に[帝国陸軍により開始、7月初旬まで継続された。作戦に参加したほとんどの日本兵が死亡した。
耐へ難くひびき来るなり夜の庭にいつまでも犬の骨を噛む音
シャツぬぎし肋(あばら)のうごきうつくしき汝かなぶんを抛りて去りぬ
森岡貞香
母の遺骨もちて旅ゆくかすかなる母の韻(いび)きは風にまぎれず
タイルの上を転がりゆける肋骨の位置定まれば血が滲み出づ
原田禹雄
*なんとも不気味な歌だが、手術の情景なのだろうか?
もろ腕をさし出すときにんげんのさびしきまでの鎖骨のくぼみ
村山美恵子
身体の部分を詠むー骨(2/4)
唯一なるねがひにみ骨わかち埋む信濃の村の親のおくつき
窪田章一郎
*おくつき: 奥津城と書き、神道のお墓を意味する。仏教では「○○家之墓」と書くが、神道では「○○家奥津城」「○○家奥都城」と書かれる。
頭(かうべ)無きみ骨を持ちてかへり来ぬ君が妻子に何と申さむ
罪びとのごとくに坐して妻とふたり秋夜(しゆうや)の骨を守らんとする
木俣 修
折ふしに鳴る肩の骨春寒(しゆんかん)の時雨の夜(よは)をひとりこもれば
木俣 修
わが胎(たい)にはぐくみし日の組織などこの骨片(こつぺん)には残らざるべし
五島美代子
*上句は急逝した長女を葬る時の感慨であろう。
屈葬位白骨の胸部崩れ落ち骨片(こつぺん)星屑のごとく散らばる
葛原妙子
白骨はめがねをかけてゐしといふさびしき澤に雪解けしかば
葛原妙子
身体の部分を詠むー骨(1/4)
骨とは、脊椎動物において骨格を構成する、リン酸カルシウムやコラーゲンなどに富んだ硬い組織のこと。骨には、「人がら」「気質」の意味もあり、また芸道の神髄・要領などを意味することもある。
人の骨を詠んだ作品には、身に染みるものが多い。
ほねよりもかへりて骨ををる物はたたむ扇のをりめなりけり
小沢蘆庵
いつしかとあをじが来鳴く梅の樹の骨あらはれて秋くれむとす
*あをじ(アオジ、青鵐): 体全体が黄色がかったようなホオジロ科の鳥。高い声で「チリリリ」と鳴く。
水のんで、歌に枯れたる、我が骨を、拾ひて叩(たた)く、人の子もがな。
日は海より生れてあかし弟の骨を拾ふと山行く吾は
妻の骨けふ母のほねひと年(とせ)にふたたびひらく暗き墓壙(はかあな)
吉野秀雄
おとろへて蛇のひものの骨をかむさみだれごろのわが貪(どん)着(ぢやく)よ
坪野哲久
*貪着: むさぼり執着すること。
身体の部分を詠むー爪(2/2)
わが切りし二十の爪がしんしんとピースの罐に冷えてゆくらし
*二十の爪とは、両手足の爪。
九箇月ぶりの退院のわがよそほひは燈のもとに爪切りしのみ
五味保義
ふかづめの手をポケットにづんといれ みづのしたたるやうなゆふぐれ
村木道彦
*「づ」のリフレインが事態を重く感じさせる。
爪切りて切りたる爪のとびし方昏々として夜が生れゐる
真鍋美恵子
爪先にさびしき磁気を吾はもち水仙の黄を一つ殺めつ
上野久雄
風を操る俺らを見たら鉤爪の海賊たちも十字を切るさ
穂村 弘
武士たちはいつ爪などを抓みたるや家出でてきて気になる爪が
中島やよひ
病み痩せし四肢といへども爪のいろ仄かなり娘(こ)が父の爪切る
岸上 展
足の爪遠いところに生えてゐてそれを剪(き)らむと曲げゆくからだ
小池 光
切り岸に立ちて堪(こら)うる爪先に必要なもの摩擦力なり
長澤ちづ