天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

鳥のうた(4/12)

  金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

                      与謝野晶子

  さまざまの鳥の標本を舗道(ほどう)より吾は見たれば生ける鳥も居り

                      佐藤佐太郎

  重くゆるく林の中をくだる影鳥はいかなる時に叫ぶや

                       高安国世

  見おろしの空地よぎりて木より木へ見えざる糸をひきて鳥翔ぶ

                       高安国世

  枯草にかじる木の実の透くばかり紫濡れて啄(は)む鳥もなし

                       植松壽樹

  月明にさまよひ歩く少年もわが内に死し夜半の鳥啼く

                       大野誠

*作者の少年期を思い起こしているのだろうか。

 

  動哨(どうせう)をする雨の夜の足元より思ひがけなく鳥飛び立ちぬ

                       石原清介

*動哨: 移動しながら警戒や見張りをすること。また、その役の哨兵。

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銀杏

鳥のうた(3/12)

  けふもまた垣根のうばらつたひ来て霜ふむ鳥の跡はありけり

                       望月長孝

*うばら: とげのある植物のこと。いばら(茨)。

 

  むらぎものこころたのしも春の日に鳥の群がり遊ぶを見れば

                         良寛

*むらぎもの: 「心」の枕詞。

 

  たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴きしとき

                       橘 曙覧

  ゆれなびく萩のたり枝のかすりゐる砂清くして小禽(ことり)の足あと

                       吉植庄亮

  鳥一羽けしき音たてて歩きをり雨にあけたる浮(うき)桟橋(さんばし)を

                       石榑千亦

*けしき音: 騒々しい音。  雨にあけたる: 雨のうちにあけた朝

 

  春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の面(も)の草に日の入る夕(ゆふべ)

                       北原白秋

  野の鳥よ古(ふ)りし廂(ひさし)にうたひては父笑(ゑ)ましぬる朝もあるべし

                       窪田空穂

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鳥のうた(2/12)

  鳥ならばあたりの木々にかくれゐてほれたる声に我が泣かまし

              古今和歌六帖・よみ人しらず

  絵にかける鳥とも人を見てしがな同じところを常にとふべく

                   後撰集・本院侍従

*「絵に描いてある鳥であるとあの人を見たいものだ。同じ所(私の家)をいつも訪うように。」

 

  夏刈(なつかり)の玉江の葦をふみしだき群れゐる鳥の立つ空ぞなき

                  後拾遺集・源 重之

  夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

                  後拾遺集清少納言

*そら音: 鳴きまね。  はかる: だます。  よに: 決して。

「夜がまだ明けないうちに、鶏の鳴き真似をして人をだまそうとしてもこの逢坂の関は決して許しませんよ。(だまそうとしても、決して逢いませんよ)。」

 

  関の戸を鳥のそら音にはかれども有明の月はなほぞさしける

                       藤原定家

*鳥のそら音: 鶏の鳴き真似。

 

  さだめなく鳥や鳴くらん秋の夜の月の光を思ひまがへて

                     山家集西行

*「鶏が落ち着きなく鳴いているのは、秋の夜の月光を夜明けと間違えているからだろうか。」

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逢坂の関

鳥のうた(1/12)

 日本文学においては、鳥は花鳥風月として日本の自然美を形成する景物の一つである。

 『万葉集』には、鵜、鶯、鶉、鴨、鴎、烏、雁、雉、鷺、鴫、鷹、千鳥、燕、鶴、鶏、鳰、雲雀、時鳥、都鳥、百舌鳥、山鳥呼子鳥、鷲、鴛鴦などの具体的な鳥の名がみえ、ほかにも水鳥が多い。ただ『古今集』になると、種類も淘汰され、鶯、鶉、鴨、雁、雉、鴫、鶴、千鳥、鳰、時鳥、都鳥、鶏、鴛鴦と古今伝授(こきんでんじゅ)の「三鳥」の稲負鳥(いなおほせどり)、百ち鳥(ももちどり)、呼子鳥に尽くされる。

鳥の語源ははっきりしないが、朝鮮語「たる(鶏)」との説もある。(以上、百科事典より)

 このシリーズでは、具体的な名前ではなく単に鳥として詠まれた作品のみをあげる。それにしても膨大な数がある。

 

  古(いにしへ)に恋ふる鳥かも弓鉉(ゆづる)葉(は)の御井(みゐ)の上より鳴き渡り行く

                   万葉集弓削皇子

*「昔を恋しく思う鳥だろうか、弓絃葉の御井の上を鳴きながら渡ってゆくよ。」

 

  今(こ)の世にし楽しくあらば来(こ)む生(よ)には虫にも鳥にもわれはなりなむ

                   万葉集大伴旅人

  世間(よのなか)を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

                   万葉集山上憶良

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旅を詠む(6/6)

  この齢になつての旅はもう無理か馴れぬベッドにしばしばも覚む

                      清水房雄

  道のべの 仏の銭をいただきて ひもじき旅を行きし日おもほゆ

                      岡野弘彦

  月光は湾をくまなく照らしいて旅の途上にみる旅の夢

                      谷岡亜紀

  あれは滝ここは紅葉とささめゆき降るやうならむ旅の時間は

                     池田はるみ

*ささめゆき: ひそひそ囁きながら行く。この歌では、細雪ともかけて下の降るを呼び出している。

 

  永遠に話し続けているだろう旅の途中は旅の話を

                      奥田亡羊

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旅を詠む(5/6)

  つまりつらい旅の終りだ 西日さす部屋にほのかに浮ぶ夕椅子

                      大辻隆弘

  白波が脳(なづき)の芯にとびかかるしびれるやうな旅のさびしさ

                      日高尭子

  ほんとうの自分をさがす旅に出るにせの自分もいとしき四月

                      有沢 蛍

  珊瑚の彩にこころ染まれる旅の夜は青きさかなとなりて眠らむ

                     片平阿佐子

  旅を来て愛(いと)しきものに出逢ひたり落葉の下を行く忘れ水

                     荒木富美子

*忘れ水: 野中の茂みの中などで人の目につかず忘れられたように流れる水。(辞典から)

 

  この旅の苞(つと)にと妻は海の藍ひとつ掬(すく)へど指の間を落つ

                      田中成彦

*苞: その土地の産物。旅のみやげ。  海の藍とは海水のこと。

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珊瑚

旅を詠む(4/6)

  逃亡のごと北へむくわが旅の遥か来たりてまたある峠

                      西勝洋一

  遠く来しもみぢの山にみづからの修羅見てめぐる 旅とはなに

                      畑 和子

*修羅: 醜い争いや果てしのない闘い、また激しい感情のあらわれなどのたとえ。

 

  頼られてゐしいく年ぞ長き旅なし得ずすぎし悔には触れず

                     生方たつゑ

  旅のをはりは命終(みやうじゆう)に似ん振れる手も地もたちまちに遠ざかりぬる

                     上田三四二

  旅にあるわれを呼ばはず病み臥して何思ひしや梅雨の二夜を

                      三國玲子

  旅すでに果てむとしつつ立待の月の赫きを共に言ひ出づ

                      馬場園枝

*立待の月: 立って待っている間に出る月という意味。陰暦17日の夜の月。特に、陰暦8月17日の月を指す。

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立待月