天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

気になる歌人

 「短歌研究」五月号に、現代の男性歌人八十八人が、おのおの七首づつ歌を掲載している。日頃気にして歌集を読んでいる歌人のものを以下に一首づつ取り出してみる。


  若き日はそれとは知らず過ぎにしをほら君のすぐそばにも匂ふ
                      岡井 隆
 *「君のすぐそばにも匂ふ」ものとは何であろう。読者それぞれに
  委ねられている。このように謎を残して読者に歌に参加させる
  技法である。岡井が意識的に開発した方法であろう。


  雪が来そうな箸折峠 牛と馬に一人でまたがる童子が居りて
                      佐佐木幸綱
 *素直に読めば、牛と馬を並べてそれぞれの背に童子が片足づつ乗せ
  てまたがって立っている情景を思うだろう。だが、これはありえ
  ない、とも思う。牛と馬では背の高さが違うのではなかろうか。
  南画のような絵を見て詠んだか? どうもわからない。


  殺されし鶏(とり)のまぶたの薄まぶた最後に見けむマスクの人を
                      高野公彦
 *鳥インフルエンザ発生により、アジアでは合計すると数百万羽の
  鶏が虐殺されたはず。殺される側の鶏はたまったものではない。
  その鶏の末期の眼に映ったのは、薬殺に際して防毒マスクを付けた
  人間であった。まぶたの繰り返しがなんとも痛々しく、生々しい。


  オホーツク海奥どんづまりシェリホフ湾 どぼーんどぼーん
  波よせてゆく              小池 光
 *地図を見て詠んだ歌である。まったくの創作である。だが、なんと
  リアリティに富んでいることか。それはどこから生まれるかという
  と、「奥どんづまり」と「どぼーんどぼーん波よせてゆく」の言葉
  からである。この現象をもたらすものが言霊である。小池は言霊を
  使いこなす名手である。