洪水(2)
水害に遭いそれを歌に詠んだ歌人に伊藤左千夫がいる。明治43年(1910)8月、東京を大洪水が襲った。左千夫は、恐怖で眠れない夜を『水害雑録』という文章に書いているが、次のように短歌にも詠んだ。
水害の疲れを病みて夢も只其の禍ひの夜の騒ぎはなれず
水害ののがれを未だ帰り得ず仮住(かりずみ)の家に秋寒くなりぬ
四方(よも)の河溢れ開けばもろもろの叫びは立ちぬ闇の夜の中に
針の目のすきまもおかず押浸す水を恐しく身にしみにけり
此の水にいづこの鶏と夜を見やれば我家の方にうべやおきし鶏
闇ながら夜はふけにつつ水の上にたすけ呼ぶこゑ牛叫ぶこゑ
水やなほ増すやいなやと軒の戸に目印しつつ胸安からず
物皆の動きを閉ぢし水の夜やいや寒寒に秋の虫鳴く
右上の画像は、当時の新聞に掲載されたもの。