『縄文紀』
短歌研究社の「前登志夫歌集」をバッグに入れて、電車の中で、公園のベンチで、折に触れ読んでいる。最近の歌集から古い方へ順にさかのぼって見ている。現在は『縄文紀』抄にさしかかっているが、記紀歌謡の言葉の引用が目立つ。記紀歌謡とは、『古事記』『日本書紀』所載の歌謡の総称。
ふくしもよ。われの叛(そむ)ける地(つち)のへに四月の雪は
沁みてふるなり
*万葉集巻一の巻頭、雄略天皇の歌「籠もよ み籠持ち 掘串
もよ・・・・」からきている。
「ふくし」は、木または竹で作った土を掘る道具、箆。
「も」「よ」はともに感動の助詞。
春立ちし日よりかがなべ木の間よりかなしみ来たる花はひらくと
いまだ見ぬ夢あらばあれ黒南風(くろはえ)の夜をかがなべて山繭
青し
御火焼(みひたき)の翁ならねど山にくる他界の夜につつまれて寝る
*古事記歌謡の「倭建の命東国征伐の歌」・酒折の宮での、倭建命
と御火焼(みひたき)の翁との有名なやりとりからきている。
連歌の始とされる。
新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる
日々並(かがな)べて 夜には九夜(ここのよ) 日には
十日を
「かがなべて」は、文字通り、日を重ねて、の意。
こうして背景の言葉が理解できれば、歌の内容自体は単純なことがよくわかる。つまり記紀歌謡の言葉が、現代短歌に奥行き・ふくよかさを与えているのだ。
なお、神話の題材を取り入れた歌もある。
国栖・井光(いひか)滅びしのちもときじくの雪ふりやまず
耳(みみ)我(がの)嶺(みね)に
殺されし女神のほとに還りゆく麦一粒(いちりふ)を指にほぐせり