天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

葉桜の季節

衣笠山にて

 そこここの桜の花が、春の嵐に会って散り始めた。雨を伴うので、花吹雪を見に出かける風情もない。晴天下の幽玄な花吹雪に出会ったのは、いつのことになるか? 記憶が薄れるほどの過去になってしまった。とある山中を歩いていた時、さしたる風もないのに、さあーと音立てて桜花が流れるように散ってきた。この時期になると口ずさむのが次の名歌である。


  ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも
                       上田三四二

 花の後には新緑の葉が広がり、生命感あふれる春真っ盛りとなる。二宮町の梅沢海岸に坐って、春の嵐の後の海を眺め、いつものように吾妻山に登った。山頂の桜には、まだ花がかなり残っていた。


  砂地なる岸ちかければ青白きうしほの先は黒潮の海
  昨夜の雨やみて晴れたる砂浜に腹這ひねむる土鳩の群は
  しぶきあげテトラポッドにうちつくる春の嵐のなごりの潮
  うち寄せて白く泡立ち引く際に砂抉りとる春の潮は
  たまくしげ箱根の山にたちこむる雲気は梅雨のさきがけならむ
  年ふりて石の鳥居も立つほどに「危険注意」の貼り紙はあり
  うすあかく山路に散れる花弁にすり寄りてとぶ瑠璃蜆蝶
  葉桜になるを急かするヒヨドリソメイヨシノの花をちらすも
  山頂に土竜(もぐら)棲むらし散る花の芝生に黒き土もりあがる