天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

へちま

藤沢市の民家庭先で

 漢字で糸瓜と書く。熱帯アジア原産のウリ科の一年生つる草。つるから採るヘチマ水は化粧水になる。果肉をとって乾かした繊維は洗浄用具に使われる。昔、使ったことがあるが、肌に気持よい。実に清々しくなる。


 糸瓜の俳句といえば、次の正岡子規の絶筆三句に尽きる。

     糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
     痰一斗糸瓜の水も間にあはず
     をととひのへちまの水も取らざりき

 これらの句は、明治三十五年九月十八日の昼頃、河東碧梧桐と妹・律に支えられてしたためた。直後、昏睡に陥り、十二時間後の九月十九日午前零時を過ぎて息絶えた。病床六尺に横たえた身体は、結核菌に蝕まれて空洞がそこここに空いていたので、とても糸瓜で身体をこすってもらうなどできなかった。仲秋の名月の夜に取った糸瓜の水は、痰切りに効くとされていたのだが。以上の経緯から九月十九日の子規の命日を「へちま忌」と称する。


  ながながしその先端に花のへた黒く残せる三尺へちま
                     岡山たづ子
  颱風の近づくといふこのゆふべ軒の糸瓜は太りつつゐる
                     板宮清治
  しづかなる夢の膨らむおもひもて黄に咲く糸瓜の花あふぎをり
                     松坂 弘
  濃い霧がへちまの花を過ぎてゆく根もと素枯れてただよう花を
                     花山多佳子