天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

『青き大氷河』(続)

JTBのPR資料から

 染宮千鶴子さんの第三歌集『青き大氷河(Glacier Blue)』感想
の続き。

(3)直喩: 「やうな」「ごとく」「・・する思ひ」「・・する
   がに」といった直喩表現が多く使われている。それぞれの例
   を次にあげる。


  負荷軽く設定なしたるパソコンの画面のやうなり暮れゆく
  街は


  駅までの細き道なりひかり帯びいちやう散りくるほどこす
  ごとく


  傷口に塩ぬるおもひこらへつつ連れ合ひの死をひとに告げをり
  ふかぶかと帽子にマスクうつむきて車内に落ち着く科もてるがに



(4)他の工夫された作品: 以上でとりあげた短歌以外の工夫が
   見られる作品をいくつかあげる。*で註釈しておく。


  塩田駅より乗りしタクシーの運転手喋りやまざり無言館まで
  *「喋り」と「無言」の対比
  つじつまは合はせずゆかむジャケットを一枚ぬぎてもういちまいも
  *「つじつま合はせ」の原義にもどった内容。
  制服のなかに身体を泳がせて新入園児が駈けだして来る
  *新調の制服がだぶついている様子が見える。
  九月半ばをゐすわる暑さ 空蝉の夏の衣のまだ手ばなせぬ
  *「空蝉の」が効いてイメージ鮮明。枕詞のようなつながりを
   感じる。
  厳寒の扉を開けてわれは聞く思ひのままに生きよとふこゑ
  *「厳寒」は「玄関」に通じる掛詞。


 歌集全体が夫への挽歌であり相聞でもある。作品を読むと読者諸氏は、妻に対してあるいは夫に対して、もっと労ってやらなくてはと反省するであろう。ぜひ読んでみてほしい。