天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

短歌と俳句の表現様式

歌聖(人麻呂)と俳聖(芭蕉)

 周知のように俳句(発句)の源は短歌(和歌)である。その移行の過程において表現様式がどのように変化したかを整理しておきたい。思いきって簡潔に要約すれば、次のようになる。


    短歌(和歌)   ――→   俳句(発句)
     31文字(57577)       17文字(575)
     正述心緒           一物仕立て
     寄物陳思           取合せ
     詠物             写生
     譬喩             比喩


 以下に正述心緒と一物仕立て、寄物陳思と取合せにつき、それぞれの例をあげる。
正述心緒の歌(万葉集から)
  我が心ともしみ思ふ新夜の一夜もおちず夢に見えこそ     
  愛しと我が思ふ妹を人皆の行くごと見めや手にまかずして   
  夜も寝ず安くもあらず白栲の衣は脱かじ直に逢ふまでに

一物仕立ての句
  びいと啼く尻声悲し夜の鹿    芭蕉
  春の海終日のたりのたり哉    蕪村
  大蛍ゆらりゆらりと通りけり   一茶


寄物陳思の歌(万葉集から)
  真玉つくをちをし兼ねて思へこそ一重の衣ひとり着て寝れ
  新治の今作る道さやかにも聞きてけるかも妹が上のことを
  菅の根のねもころごろに照る日にも干めや我が袖妹に逢はずして

取合せの句
   象潟や雨に西施がねぶの花    芭蕉
   寝た人に眠る人あり春の雨    蕪村
   ちさい子がたばこ吹く也麦の秋  一茶


[鑑賞例一]正述心緒と一物仕立て
  野分だつ夕べの雲の脚早み時雨に似たる秋の村雨
                     京極為兼『風雅集』
  *秋の村雨が降る時刻の野や雲の風景と雨自身の様を詠っている。
     秋霖(しゅうりん)の音のをりをり白く降る  長谷川素逝
  *秋霖を視覚と聴覚の面から特徴づけている。



[鑑賞例二]寄物陳思と取合せ
  わが背子が衣はる雨ふるごとに野べの緑ぞいろまさりける
                    紀貫之古今和歌集
  *歌の意味は、「 あの人の衣を洗い、振って皺を伸ばすたびに、そのように
   春の雨が降るごとに、野辺の緑の色が濃くなってゆく。」 
   夫を思う妻の立場で詠われている。春は雨が降る毎に深まって野辺の緑が
   濃くなるという情景に夫との生活を幸せに感じている心情を寄せている。
   「衣はる雨ふるごとに」が、掛詞の重層になっている。
     あたたかな雨が降るなり枯葎      正岡子規
  *生命感にあふれた「あたたかな雨」ともはや生命の無くなった「枯葎」
   との取合せである。生と死あるいは若と老の対比であるが、自然の摂理を
   見守っていて嫌味がない。