天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌枕―八橋

知立市八橋にて

 八橋は愛知県知立市にある。『伊勢物語』に見られる在原業平の次の歌で有名。


  からころもきつつなれにしつましあればはるばるきぬる
  旅をしぞ思ふ


周知のように「かきつばた」が句首に詠みこまれている(折句)。杜若の名所であった。八つ橋の語源は、小川や池などに幅の狭い橋板を蜘蛛の手のように何枚もジグザグにかけた橋のことである。


  うちわたし長き心は八橋の蜘蛛手に思ふ事は絶えせじ
                   読人不知『後撰集
  恋せむとなれるみかはの八橋のくもでに物を思ふころかな
                読人不知『古今和歌六帖』
  もろともに行かぬ三河の八橋は恋しとのみや思ひわたらむ
                   赤染衛門拾遺集
  ささがにの蜘蛛手に見ゆる八橋をいかなる人か渡しそめけむ
                    肥後『堀河百首』
  ささがにのくもであやふき八橋を夕暮かけて渡りかねぬる
                    阿仏尼『玉葉集』
  駒とめてしばしはゆかじ八橋の蜘蛛手に白き今朝の初雪
                      『順徳院集』
  関路越え都こひしき八橋にいとど隔つる杜若かな
                  藤原定家『拾遺愚草』
  八橋の下行く水のくもでにも月はかくれずすみわたりけり
                       村田春海


  八橋の蜘蛛手と詠むがならひなり筆もちて立つ業平の像