天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

質問・疑問を詠む(2/2)

         何処(どこ)、いづく、いづこ、いづち、いづべ

 

  鶴の首夕焼けておりどこよりもさびしきものと来し動物園

                    伊藤一彦

  ささがにのいづくに人はありとだに心細くも知らでふるかな

               後拾遺集清原元輔

*ささがにの: 枕詞。蜘蛛(くも)・蜘蛛の糸・蜘蛛の網(い)の意から「くも」「いと」「いのち」などにかかる。

 

  さびしさに宿を立ち出でて眺むればいづくもおなじ秋の夕ぐれ

                 後拾遺集・良暹

  いづくにていかなることを思ひつつ今宵の月に袖しぼるらむ

                建礼門院右京大夫

  夏の夜はまだよひながらあけぬるを雲のいづこに月宿るらむ

               古今集清原深養父

  何処(いづこ)とも身をやる方のしられねばうしと見つつも永らふるかな

                 千載集・紫式部

  霞ゐる富士の山傍(やまび)にわが来なば何方向きてか妹が嘆かむ

                  万葉集・東歌

*「霞がかかっている富士山の麓に私が行ったら、妻はどちらを向いて嘆くのだろうか。」

 

  さみだれに物思ひをれば郭公(ほととぎす)夜ぶかく鳴きていづち行くらむ

                古今集・紀 友則

  いづべより差せるともなき明るさに馬酔木(あしび)は影の如くおもほゆ

                    山口茂吉

 

ホトトギス