忘れる・忘却の歌(1/6)
物事の記憶がなくなる症状である。「わすれる」の語源は、「う(失)」の音転から。「う・わ(失)―わすーわするーわすれる」と発展した。
人はよし思ひやむとも玉鬘影に見えつつ忘らえぬかも
万葉集・倭大后
庭に立つ麻手刈(あさでか)り干し布さらす東女(あづまおみな)
人言の繁き間守(まも)ると逢はずあらば終(つひ)にや子らが
面(おも)忘れなむ 万葉集・作者未詳
吾が命の全(また)けむかぎり忘れめやいや日に異(け)には思ひ
ますとも 万葉集・笠 女郎
形見こそ今はあたなれこれなくば忘るる時もあらましものを
古今集・読人しらず
夢にだにあふことかたくなり行くは我やいをねぬ人や忘るる
古今集・読人しらず
わすれなむと思ふ心のつくからにありしよりけにまづぞ恋しき
古今集・読人しらず
秋の田の穂の上をてらす稲妻の光のまにもわれや忘るる
古今集・読人しらず
万葉集一首目: 詞書「天皇の崩りましし後の時に倭大后の作りませる御歌一首」がある。玉鬘は影にかかる枕詞。上代では、玉鬘を頭に懸けたことから、「かけ」に掛かり、類似の音の「かげ」に掛かった。
万葉集二首目: 「庭に立つ」は「布さらす」とともに東女にかかる。
古今集二首目: 下句は、「自分が眠らないからか、相手が自分を忘れてしまったからか」という意味。「人や忘るる」 は、 「夢に現われるのは相手が思っている証拠」という俗信がもとになっていよう。
古今集三首目: 「あの人のことをわすれてしまおうと、思う心が起こるとすぐに以前よりもほんとうに恋しいと思う心が、真っ先に甦ってくる。」