天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

夢を詠う(18)

蟹

  夢とふもの追ひ来しわれの黄昏にほとぼりのごと山鳩啼けり
                       深澤きみ江
  花さきみのらむは知らずいつくしみ猶もちいつく夢の木実(このみ)を
                       佐佐木信綱
  路上にてわれらは夢をあまた見きおおかたは夢のまま終わりたり
                        三枝昂之
  地をおおう巨大なる雲の近づくを怯えて見たり夢のなかなり
                        本木 巧
  跡絶えたる夢の浮橋ほろほろと覚めて桜の聖橋ゆく
                       口 紀代恵
  豪快な本塁打一本ぶっ放す夢覚めすがし九十一歳の朝
                        加藤克己
  大潮の夜だから産みに行かなくては 蟹のわたしは夢にてあせる
                       米川千嘉子
  波打っているのだろうか空もまた渚に散った夢の数々
                        福島泰樹


一首目は、晩年になって自分の一生を振り返っている趣である。
二首目は、夢が実現するかどうかは分からないが、夢の内容は大切にしている、という。「もちいつく」は、(夢の木実を)持って住み着いている、という意味。
口 紀代恵の歌では、「夢の浮橋」と現実の「桜の聖橋」とが対応している。
福島泰樹の歌では、三句目「空もまた」で切れる。夢の散った渚は、空にもあるようだ。


[注]この「夢を詠う」シリーズは今回をもって一応終了とします。