天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

甲斐の谺(6/13)

富士見書房から

(3)座五の特徴的措辞
ところで龍太の場合、蛇笏に比べて座五に「かな」「けり」を使う頻度が少ないことが分かったが、それに代ってよく用いられる措辞があったか、という興味が湧く。筑紫磐井は「・・・の中」が目立ち、他にも「・・・の声」「・・・の音」「・・・景色」「・・・ばかり」などがあると指摘している(「龍太俳句の構造」『飯田龍太の時代』思潮社)。この傾向を先の全句集について定量的に調べてみた。「・・・の中」は一・六%、特に句集『山の木』において三・六%と最も高い。「・・・の声」「・・・の音」については共に0・七%であった。「・・・ばかり」は0・二%でさほど多くない。むしろ「・・・のみ」が多くて0・四%であった。いくつか例句をあげておく。
  秋昼のひとり歩きに父の音      『麓の人』
  緑陰をよろこびの影すぎしのみ    『麓の人』
  かたつむり甲斐も信濃も雨のなか   『山の木』
  玉虫のいろよみがへる風の中     『山の影』
  龍の玉升(のぼ)さんと呼ぶ虚子のこゑ 『山の影』
 ついでに蛇笏の場合、「・・・の中」の使用頻度は、全句集で0・四%と少ない。句集では『山廬集』において最も多く0・八%であった。二例を示す。
  ゆく春や僧に鳥啼く雲の中      『山廬集』
  秋草や濡れていろめく籠の中     『山廬集』