声を詠む(9/10)
悲しみの部屋を思へばことばなし かあさーん かんごふさーん
と叫ぶ夜の声 川涯利雄
水紋のやうにひろがるその声はわがししむらに入りて息づく
外塚 喬
こゑといふかそけき風を身に入れてあはきなごりを幾日たもたむ
水沢遥子
柴舟の歌碑を説きゐるわが声をかき消す程に鳴きしきる蝉
神作光一
「この家にあなたは住んでいない」と不意にしずかな声に言いたり
永田和宏
いつまでも靴を磨いてゐるやうなときには誰も声をかけるな
柳 宜宏
池の水にさくらの枝の影ゆれていまも確かに亡き妻のこゑ
木下孝一
川涯利雄の歌では、病室に横たわって苦しんでいる子供の情景を想えばよいだろう。
永田和宏の歌で、「この家にあなたは住んでいない」と不意に言ったのは、今は亡き夫人の河野裕子さんであろう。
神作光一の歌の柴舟とは、歌人(書家、国文学者)であった尾上柴舟を指す。
柳宜宏の歌の直喩「いつまでも靴を磨いてゐるやうなとき」とは、一つのことに集中している時には違いないが、何かを一心に考えているのである。
木下孝一の歌は、生前の奥さんと池の水に映った桜を眺めた時の思い出を指しているようだ。