小池光の短歌―ユーモア(10/26)
◆とり合わせ(飛躍、強引、似通った押韻の異なる言葉の取り合わせ、雅と俗の落差)
怒らむとして息きれしこの肉のはかなあふるる湯には柚子の香
『バルサの翼』
熱湯の真上アスパラを解き放つあざやかに見も知らぬ女の指が
『廃駅』
己が影のおもたさに耐へ実りたる長十郎にわがとどめ刺す
二学期の始まりて教師われ思ふ学校は一にけたたましき処(ところ)
『日々の思い出』
いちめんに椿の花が落ちてゐて来りし犬は憂ひをかんず
見境ひもなくなりはてて行くときに消火栓のうへに雪が積り居り
あたまにはもちろん帽子おちやわんに葡萄酒そそぐ丑三つのころ
まざまざと冷えて地に立つ二本の臑(すね)わが妄執はそのうへに乗る
豆腐屋のまへわが来ればバーナーの青き炎は豆腐を焼けり
猫の毛のぼろぼろとなりしものぞ行き路地のおくにてカラオケきこゆ
『草の庭』
耳の垢ほりて金魚に食はせ居りいつとはなしに五月となりぬ
こはれたるラジ・カセをこよひ悲しみてふたり子ありぬこの遊星に
チャンネルをひとつ回せば這ひつくばりいのち乞ひしてゐるところなり
春の夜のすさびに来たるキッチンにわれ塩を舐む即興的に
そなた生みたるたまごをばいまわが呑むと葉書もて知らせむか鶏(とり)に
『静物』
ボルツマン定数kはいのちありさなきだに風邪、宇宙をわたる
扇風機の風よろこべど人の世はああ灰皿の灰がちりとぶ
『山鳩集』
絶海の孤島で啜るきつねうどんけふの昼餉のこころを言はば
「ボナパる」といふ動詞ありき「日和(ひよ)る」よりややに左にみぞれは傘に
『思川の岸辺』