小池光の短歌―ユーモア(20/26)
◆過剰に丁寧・厳かな言い方、哲学的もの言い、言葉の珍しい組み合わせ、造語
遠くよりみれば麦生にさやりなむばかり垂れたり高圧線は
『静物』
かんがへるをりふしの時えんぴつを耳に挟みまた鼻の下にもはさむ
いつしかも森銑三などよみはじめ中年の鞄のくたびれしふくれ
『滴滴集』
紀元一世紀エジプト商人の記録をばつかれたるわがひとみに垂らす
一(いち)字(じ)市(し)の蕨の春の駅頭にふはふはとせる人びとのむれ
ざぶとんに眠る嚢を猫ともいふ老荘とほく笑へるこゑす
聴衆にねむる人かならず居りたればねむりの品をわれ観相す
味噌と牡蠣揉みに揉むときこれの世の悪意のかぎりの臭(しう)はただよふ
それはもうしばらくぶりに食ひにけるなまの雀に気ふれむばかり
たちまちに椈(ぶな)の大樹を布にまくたくみのわざを驚いてよい
野茂の尻こちらむくときつき出せる量塊の偉(ゐ)は息のむまでぞ
ラーメンの喜多方をふかく意識する餃子宇都宮思へば泣かゆ
『時のめぐりに』
「バグダッドの虐殺」として世界史に刻まれむことはじまらむとす
『暗黒日記』かくれ読みつつわれのゐる場所が世にいふ教員会議
『山鳩集』
いちれつに軽鴨母子(ぼし)の鹵簿(るぼ)の列ひとは道あく土下座するまで
亡くなりてきみ五月(いつつき)となれる間にありとあらゆることが起きたり
『思川の岸辺』