天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー耳(4/7)

  もの音は樹木の耳に蔵(しま)はれて月よみの谿をのぼるさかなよ
                      前登志夫
*もの音の無い樹木の森を擬人化して、月光の差す谷川をのぼる魚に着目。

  わが前に一切の花刈られゆくひびきかなしみ睡らざる耳
                     中城ふみ子
*上句は暗喩。生きてゆく希望がすべて失われていく病者の感覚か。

  耳の線さびしとおもふ冬の夜の雨にぬれきし髪がにほひて
                     生方たつゑ
*主人公は、少年か少女か不明。

  冬の日のなかに透りつつ少年の片かは気まぐれに赤き耳朶(みみたぶ)
                     生方たつゑ
*主人公は、少年となっている。「気まぐれに赤き」が彼の性格を暗示しているようでもある。

  巨大なる耳の中なりしんかんと祝祭のための朝をわれはゆき
                      波汐國芳
*波汐國芳は、東日本大震災以前から福島県内で原子力発電所に対する危機感を歌い続けてきた。福島県歌人グループ「翔の会」の季刊歌誌『翔』の編集・発行人でもある。掲載の歌の「巨大なる耳の中なり」が何を比喩しているのか、あるいは自分の大きな耳の中を指しているのか、不明。

  髪の中にひとひら耳の冷えゐたる還るみづからにして眠るべき
                      河野愛子
*河野愛子は、栃木県宇都宮市出身。「アララギ」に入会。『未来』創刊に参加。その中心女流歌人として、鋭いメタフィジカルな作風で活躍した。享年67。掲載の歌は、なんとも韻律が悪い。三句から四句へ接続するのか否か。意味的に分かりやすいのは、「髪の中にひとひら耳の冷えゐたり。みづからにして眠るべく還る。」なのだが。

  溶接の火花はげしく噴き散れる凝視(み)てゐるわれは耳を失ふ
                      畑 和子

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溶接の火花