この世のこと(5/16)
独家(ひとりや)に独り餅つく母はゐてわつしよいわつしよいこの世が白し
川野里子
一億玉砕せざりしこの世の縁側に歌ひつつ母が干す白きもの
川野里子
*川野里子の二首は、戦争に負けて母は寡婦になったが、餅を搗きそれを縁側に干して独り元気に生きている様子を詠っているようだ。母の生き方を称賛している作品。
「ペンキぬりたて」の紙うれしそうに貼るこの世まだまだ仕事がありぬ
高瀬一誌
散る花の数おびただしこの世にてわたしが洗ふ皿の数ほど
遍路道ほとりの草の青みたれ鈴振りにつつこの世罷らむ
石本隆一
*この世罷らむ: この世を去ろう。
遍路道とは、四国霊場において霊場間をつなぎ、お遍路(「巡礼者」)が歩く道のこと。
今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅
小中英之
いっしんに自転車を漕ぐ乙女の足のああほれぼれとこの世を渡る
今井千草
夢にきてきみは乱れてありしかばこの世たのしと今も思はむ
山中智恵子