感情を詠むー「をかし」
「あはれ」とともに、平安時代における文学の基本的な美的理念。「あはれ」のように対象に入り込むのではなく、対象を知的・批評的に観察し、鋭い感覚で対象をとらえることによって起こる情趣。具体的には次のようなもの。
① こっけいだ。おかしい。変だ。
② 興味深い。心が引かれる。おもしろい。
③ 趣がある。風情がある。
④ 美しい。優美だ。愛らしい。
⑤ すぐれている。見事だ。すばらしい。
清少納言の『枕草子』は「をかし」の文学の代表とされる。ただ、平安時代においては小説やエッセイと違って和歌に詠まれた例は少ない。言葉の性格が和歌の性格に馴染まないからであろう。
よのなかにつつまぬ年の秋ならばをかしからまし今日の七日も
春毎にまつに侘びぬや桜花ただよはかくぞをかしかりけり
栗もゑみをかしかるらんと思ふにもいでや床(ゆか)しや秋の山里
*「栗は今頃毬もはじけて微笑みかけているような風情でしょうね。さあさあ栗狩りに出掛けましょうか、秋の山里へ。」
にほはねどほほゑむ梅のはなをこそわれもをかしとをりてながむれ
曽根好忠
酔ひぬるを見ては笑えへどただ独り醒めたる人もをかしからずや
大隈言道
をかしきは大人(うし)より長くわが生きてまたもつどひの日にあへること
尾上柴舟
*大人: 学者・師匠に対する尊敬語。(近世語)
白百合のしろき畑のうへわたる青鷺づれのをかしき夕
*づれ: …ども、…連中 などの意。
をかしげに 米なき日々の生活を馴れて語るは、さびしかりけり
釈 迢空
人なかに家庭の秘事を語る男携帯電話の此のをかしさは
半生を義父母(ふぼ)の介護に費やせるわれの奮闘ときに可笑しき
磯田ひさ子