死を詠む(14)
夜の萩白くおもたきみづからの光守れり誰か死ぬらむ
河野愛子
死に去んぬ死に去んぬ灰に作(な)んぬといふものを
うすくれなゐの心もてよむ 河野愛子
男の死女の死そのつひの舌の凍ゆる闇を思ひつめつも
河野愛子
死にすればかく絶えまなき沈黙か一人行くうへの冬ぞらの青
河野愛子
歌の日に幾度うたひし死のこころいまとみつめて動くことなし
河野愛子
近く死ぬわれかと思ふ時のあり蛇崩坂を歩みゐるとき
佐藤佐太郎
よぎりゆく青木が原のひとところ人の死やすく或は難し
佐藤佐太郎
たちまちに過ぎし命をいたむなく順序よく死の来しをたたへん
佐藤佐太郎
河野愛子も死を多く詠んだ。それは第三者のものとして客観的に考えることではなかったか。だが、五首目は自分の死を目前にして動じることがない、と言い切る。対して佐藤佐太郎は、死を自分の身におこることとして詠んだようだ。蛇崩は佐太郎の作品によく現れる。目黒区上目黒四丁目の一部を指した地名だったが、今は無い。地名「蛇崩」は、大水の際、崩れた崖から大蛇が出たことに由来するという。一説には、「砂崩(さくずれ)(土堤崩をいう古語)」が、「じゃくずれ」に転化したとも。二首目は、青木ヶ原が自殺の多いところであることを踏まえている。三首目には生涯を全うした満足感が見て取れる。