わが句集・平成十四年「からくり時計」
途切れたる鉄路の先の枯野かな
秋雨やからくり時計待てば鳴る
猿島に砲台ありき石蕗の花
秋風の鼻黒稲荷大明神
妹の髪にコスモス姉が挿し
キュキュキュキュと白菜笑ふ小川かな
人形に別れ告げたり暮の秋
蟋蟀がぢつと見てゐるデスマスク
朝寒や母の手の甲頬に当つ
晩秋の茂吉に墓に詣でけり
吊橋に山の影さす冬至かな
断崖を木の実落ちくる男坂
黒漆しぐれに曇る馬上盃
試し吹く草笛媼の口の皺
酒折宮を巡ればひよの声
校庭に黄葉誇る大銀杏
手玉石ふたつつるつる石蕗の花
柿の木の庭に竹馬転びけり
うららかや杭を離るる渡し舟
大年の風にざやめく貝細工
肌脱ぎの三浦大根土ぬくし
焼芋を頬張りながら蚤の市
人垣の箱根駅伝湖の風
年迎ふ鎌倉街道西の道
あらたまの御賦算右の手のひらに
初湯浴ぶ不況の巳我和利不動尊
獅子舞の後からおかめ踊かな
初御空振ればいななく午土鈴
静かなる宴なりけり梅の花
花つみて春の入日を送りけり
笹むらに淡雪積もる天城越え
山越えて地に吹きつくる花嵐
寒肥の野良から眺む白き富士
草魚文大鉢に浮く椿かな
樽酒を木の香に酌める松の内
やどり木のみどりの玉や冬けやき
菜の花や菱川師宣生れし里
杖つきて梅の由来を説かれけり
野島崎春の入日を送りけり
大寒の朝日ひたひに熱く射す
梅林の梢やかくも荒々し
杉木立ゐのしし村に春の雪
若草や駈けてまろびて犬と子と
水仙の岬に女泣き崩れ
トラックの荷台に野梅青白き
柴又や凧を見てゐる渡し舟
渡し舟マスクの顔もありにけり
二日目の雛手のひらに目つむれり
紅梅や狐祀れる金砂山
養生の羽衣の松海うらら
夕陽負ふ次郎長の像紫木蓮
啓蟄の穴に子の指のぞきけり
はなももに蜂の集へる歓喜かな
みどり児がしかと握れる春日かな
あずさゆみ春の流鏑馬(やぶさめ)雨の中
刑務所の塀越えて散る桜かな
木莓に口近づくる岬かな
校庭にをさな遊ばす桜かな
むらさきに丹沢ゆるぶ春霞
花散らす目白鳴き止む鳶の影
寺毎にやさしき知らせ花祭
山門に知足の教へ楠若葉
大杉の影やはらかき春日かな
さくら散る大正ロマンの蓄音機
隅々に早苗植ゑ足す山田かな
石楠花や庫(くら)に出を待つ大神輿
撞かれざる大鐘下がる著莪の花
鎌倉や薔薇咲く庭の文学館
正面に穂高据ゑたる若葉かな
初蝶の飛び去り難き沙羅双樹
山吹や木曽の鉄路をたのします
野放図にこの世生きたし葱坊主
保安林松に蝉鳴く岬かな
貯水池に草生ひ立てり葭雀
流鏑馬のつばせを下に楠若葉
代々を京都に住まふ桜守
鯉幟尾鰭の触るる沙羅双樹
じやがいもの花に親しむ土の色
王宮は地の底にあり蟻の列
青梅に頭打たせる地蔵かな
松蝉や石切る音の極楽寺
不昧公の「龝留(あきる)禅窟」ほととぎす
下りきたるハングライダー揚雲雀
鮎釣が中州に並ぶ酒匂川
川原に石摺り合はす葭雀
石楠花のエリスマン邸絵に描く
開山の兄は権現山躑躅
絵日傘の下に客待つ蚤の市
梅雨明くる天水桶に水八分
押し寄する闇に呑まれしどんどかな
鳥追ひの恋は哀しや風の盆
タブノキの木陰に涼む地霊かな
勤行の声聞く庭の白木槿
神宮の木の鬱晴れる花菖蒲
鮎釣の向かひ合ひたる酒匂川
古池や森青蛙の泡宇宙
夕暮の風に秋立つ日なりけり
鯔飛んで飛んで腹打つ河口かな
人形に息吹きかけて夏祓
萱草の花断崖をやさしうす
病葉の鈴懸の道モデル立つ
うすうすと雨降る谷戸の七変化
梅雨空の鬱をわかてり楠の森
なみよろふ夏山仰ぐ梓川
弱竹(なよたけ)の光に青む夏座敷
しらかしの肌滑り落つ秋の蛇
林立の帆柱鳴らす初嵐
舌鳴らし水飲む犬や敗戦忌
信玄の遺訓鴨居に夏座敷
片蔭の百葉箱を怪しめり
蓮の花拈華微笑をうべなへり
信玄の墓ゆるぎなし夏木立
老僧の墨痕淋漓夏座敷
大菩薩峠からくる夕立かな
一山は神仏習合蝉時雨
蝉の穴数へて埒もなかりけり
真言のかな書き写す藪蚊かな
秋彼岸遊行柳の道暮れて
方丈の庭に水撒く光かな
廃線の鉄路を蜥蜴走り出す
銭亀の顔あまた浮く極暑かな
突如鳴る秋の風鈴おそろしき
秋暑し振り子止まれる大時計
本堂の縁側に踏む秋日差
音たてて石橋渡る飛蝗かな
流燈の立ち去り難き中州かな
雲が飛ぶゆきあひの空秋茜
面伏せて向日葵枯るる相模小野
秋雨や水琴窟は鳴り止まず
酸漿や雨脚強くなるばかり
秋風や柱背にして胡座組む
秋雨にやさしくなりぬ時計草
うるはしき客を待つらむ金木犀
長雨や泥(ひぢ)に貼りつく萩の花
秋風や買ふ人もなき恋みくじ
雁病みて犬飼星は瞬けり