『昭和短歌の精神史』(4)
学徒出陣である。学徒の歌がいくつか紹介されているが、吉野昌夫と武川忠一に焦点が当てられている。出陣式で、学生達は死ぬ覚悟を固めた。心ある師は、生きて帰れと激励した。また、早稲田大学短歌会の成り立ちもよくわかる。三枝の文章の書き方は、特定の見方に偏しておらず、極めて冷静である。
いのちながらへて還るうつつは想はねど民法総則と言ふを求めぬ
吉野昌夫
出で征くと寮の友どち酒に酔ひ歌ひし貌の見え来るかも
武川忠一
手の本をすててたたかふ身にしみて 恋しかるらし。学問の道
折口信夫
それはそれとして、憤慨に耐えないのは、当時の軍部特に陸軍の考え方であり、最高責任者としての昭和天皇である。首相兼陸軍大臣・東条英機のひどさは、まさに神頼みで開戦に突入した点である。「総力戦研究所」の事前シミュレーションでも必ず負けることは分かっていたし、海軍大将・山本五十六も、負けると分かっていて真珠湾攻撃に踏み切った。
だが、こうした感想が言えるのも当時を体験していない後世だからである。当時の国民は、誰も異議を申し立てることはできなかった。三枝のこの本で、当時の検証をするのは筋違いなのでやめるが、戦争に突入する国民の心理状況が、歌を通してよくわかる。