天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

西東三鬼の犬の句

 昨日の続きである。猫は俳句の季語として「猫の恋」(春)があるが、犬に関するものはない。西東三鬼の全句集と拾遺について、犬が出てくる俳句を調べてみた。夥しいといってよい数である。以下に、せっかくだから全部抜き出しておく。ちなみに、三鬼の私小説「神戸」を読むと、戦後に三鬼館と名付けた「西洋化物屋敷」に住んでいた時の家族構成が次のように書かれている。「廃屋そのままの家の、寺の本堂のような部屋に、波子と私は、言葉少ない日夜を送った。家族は波子の他に、犬、猫、カナリヤ、鳩、蓑虫であった。」この犬の名前はベンといった。また、晩年に過した神奈川県葉山では、家の縁側に座ってあるいは浜辺に座って犬を侍らせた写真がある。三鬼は犬が大好きだったのである。

     風とゆく白犬寡婦をはなれざり
     友はけさ死せり野良犬草を噛む
     操縦士犬と枯草馳せまろぶ
     冬日地に燻り犬共疾走す
     荒園のましろき犬に見つめられ
     胎児老ケ無人地帯ハ犬ノ夜
     犬も唸る新樹みなぎる闇の夜は
     五月の地面犬はいよいよ犬臭く
     炎天の犬捕り低く唄ひ出す
     敗戦日の水飲む犬よわれも飲む
     わが悪しき犬なり女医の股噛めり
     夜の桜満ちて暗くて犬噛み合ふ
     犬つるみ放れず昼三日月止る
     犬の恋のせて夜明けの土寒し
     栗の花われを見抜きし犬ほゆる
     基地臭し炎天の犬尾をはさみ
     寒木が枝打ち鳴らす犬の恋
     春山に小市民と犬埴輪の顔
     栗咲けりピストル型の犬の陰
     仏見る間梅雨の野良犬そこに待てよ
     銀河の下犬に信頼されて行く
     愛撫する月下の犬に硬き骨
     野良犬よ落葉にうたれとび上り
     汝も吠え責む春山霧の中の犬
     寒月下の恋双頭の犬となりぬ
     犬の蚤寒き砂丘に跳び出せり
     氷柱くはへ泣きの涙の犬走る
     犬を呼ぶ女の口笛雪降り出す
     冬浜に死を嗅ぎつけて掘る犬か
     霜ひびき犬の死神犬に来し
     木の実添へ犬の埋葬木に化れと
     豆腐屋の笛に長鳴き犬の春
     薔薇の家犬が先づ死に老女死す
     入院車へ正座犬猫秋の風
     犬猫と夜はめつむる落葉の家
     死後も犬霜夜の穴に全身黒
     鶏犬に春のあかつき猫には死
     満月の荒野ますぐに犬の恋
     月も旱り鎖の端の犬放つ
     春の雷床下に野良犬と仔と
     犬猫と共に永らふ牡丹雪
     犬となり春の裸の月に吠ゆ