放代と笛吹川
大衆に人気のある歌人や俳人は、必ずと言ってよいほどハンディを背負っている。あるいは社会的に落ちこぼれている。そんな現代歌人に山崎放代がいる。大正三年山梨県東八代郡右左口村の貧農の家に生まれたが、戦争が終って郷里に帰るとすでに父母係累はおらず、姉を頼って神奈川に出て来た。傷痍軍人なのでまともな職業に就けず、かといって郷里に帰ることもできなかった。郷里を恋うる気持は終生強く、笛吹川が彼の気持を代弁する歌枕になっている。彼の全歌集から笛吹川を含んでいる作品を拾ってみよう。
笛吹の土手の枯生に火をつけて三十六計にげて柿食う
魂をわれはしずめて笛吹の石に仏の面を刻みたり
笛吹の石の川原を越えてゆくひとすじの川吾が涙なり
笛吹の土手に残れる野火の跡遠く嫁ぎしひとりの姉よ
笛吹の川を渡って敗軍の一等卒がいま還りゆく
笛吹の河石の面に刻まれし涙の歌よここにありしか
不二が笑っている石が笑っている笛吹川がつぶやいている
なんとも懐かしげな寂しい心の光景ではある。