天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

『憂春』(1)

 小島ゆかりの歌集『憂春』を読んでいる。まだ半ばであるが、目立つ手法を二、三あげよう。


1.上句から下句への展開、あるいはコラージュ
  こんりんざい人の心はわからぬをはるかに白し山ほふしの花
  *この「を」は、間投助詞で詠嘆を表す。言いさしになって
   いるように聞こえるが、そうではない。

  遠山はいちじく色に日暮れつつそこに谺す川魚のこゑ
  鈴の音の寒さわたれる芒原 一重瞼の生半ば過ぐ
  一弾を以って足る死を いちめんにまんじゆしやげ
  まんじゆしやげ燃えたり
  *俳人上田五千石の代表句「万緑や死は一弾を以て足る」を
   本歌とする。この「を」も、間投助詞で詠嘆を表す。

  チョコレートの肌くもりつつ はるかなる夜霧の町を貨車は
  行くべし
  あともどりできぬ時間を子も生きて朝の月に刃こぼれのあり


2.オノマトペあるいは韻律
  時計草のゼンマイは左巻きにしてぎいんと高し夏の太陽
  蝉はみな小さき金の仏にてせんせんせんせん読経のこゑす
  炎昼のゆあんゆうんと歪みつつ樹木は蝉の声に膨らむ
  携帯電話ぱきんとたたみそのやうに心をたたむ秋の街角
  深海松の深めし汝れを俣海松のまた偲びつつ哭のみし泣かゆ
  木登りの子ども黄色に実りしかくわりんの枝にいくつも実あり
  *全体に「り」音がひびく。

  きよんきよんと目白遊べり高枝にみどりのチョッキ見え隠れして


3.独自の措辞、比喩
  降りやみてまたばらばらと音にたつ雨の夜さむし新革の秋
  チョコレートのぎんがみも冬のにほひして午前0時はランプの時間
  高校受験終はりたる子がマンゴーの眠りをねむる春のゆふぐれ
  喉を火が奔るだらうか赤い熱いロシアンティーの海を飲んだら
  点灯のとき玄関の鍵穴に吸はれて闇が出でてゆきたり


 帰りの電車から見た夕陽は、銅色の球体としてぽっかりと西の空に浮んでいた。

     夏逝くやあかがね色の日をつれて