天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

『緑色研究』の馬

 塚本邦雄には、例の名歌「馬を洗はば馬の魂冴ゆるまで・・・・」をはじめとして馬の歌が大変多い。試みに『緑色研究』を開いて見れば、全340首の内に、次のような歌が見つかる。


  断食の睡眠ただよふばかりなるわれ越えて緋のコザック騎兵
  われらからだのみ娶り夜の曲馬団(シルク)には象かなしみに
  充ちてあゆむ
  〈青騎士〉のそのかみクレー沈鬱に鞍下肉の霜ふれる層
  馬と男をのみ信じつつ潸然と今日水のうへ行く夏まつり
  涅槃交響楽の鐘楽(カリヨン)すれちがふときわれに耳ふれし
  輓馬に
  黒き瞼のうちに真昼の果を埋めて奔馬結核の若者
  馬描きし画布鉛白にぬりつぶし母、すなはち静物
  (ナチユール・モルト)を描けり
  梅雨夕映つめたき紺の下半身 馬の欲するものわれも欲る
  青水無月きのふ牝馬をたまはりし駿馬売僧(まいす)のごとく
  あゆめり
  真水うまき新緑の夜と馭者座なる未婚の馭者の四肢またたける
  馬轢死して一塊のうらわかき子宮に夏のひかりはそそぐ
  肉桂の香と肉欲のかかはりのあやふし殴たれゐる馬の前
  ワルキューレにがき油のごとく満ち馬はその鬣より死せり


と、まあ13首もあるのだ。これら一首一首につき鑑賞してみるのも塚本邦雄という歌人の奥深さを理解する手立てとなろう。