荷風の俳句(1)
「俳壇」新年号の末尾に永井荷風の俳句について半藤一利が紹介している。荷風は生涯に6百句余りの俳句を作ったというが、彼自身が出した『荷風句集』には、百十八句のみ自選してある。荷風の生活を偲ばせる句が特に面白い。いくつか抜き出してみる。
永き日や鳩も見てゐる居合抜
うぐひすや障子にうつる水の紋
行春やゆるむ鼻緒の日和下駄
葉ざくらや人に知られぬ昼あそび
深川や低き家並のさつき空
気に入らぬ髪結直すあつさ哉
稲妻や世をすねて住む竹の奥
鯊つりの見返る空や本願寺
粉薬やあふむく口に秋の風
秋雨や夕餉の箸の手くらがり
盛塩の露にとけゆく夜ごろかな
襟まきやしのぶ浮世の裏通
下駄買うて箪笥の上や年の暮
夏目漱石、芥川龍之介などいわゆる文士と呼ばれた作家の俳句には、専門俳人にはない軽味・滋味があり、その自在さに感心することが多い。