歌集『九年坂』(1/2)
田上起一郎さん(「短歌人」所属)の第一歌集である。小池光さんの「跋」に、田上さんの短歌修業歴や歌のふしぎさ、おもしろさについて紹介されている。
以下では表現上の具体的な特徴を分析してみよう。短歌に限らないが、詩情をもたらす技法がよく分るはずである。
歌集を読んでいて目立つのは、対句構造・リフレインである。参考までに俳句の例をあげる。 小萩散れますほの小貝小盃 芭蕉
またそれと関連するオノマトペも多く使用している。
□対句構造・リフレイン: 一首の中に類似語表現が二カ所以上
あるとリズム感が生まれる。
炎天のふきだす汗をふきやらず三年坂を下りにくだる
生きて来し踏みて踏まれて生きて来し今日もにぎはふ日盛りの街
雲あらぬ南の空に月の見ゆただそれだけのうす月は見ゆ
秋空に日の丸ひとつひるがへるカタカタ鳴れりカタカタ鳴れり
「吉野家」に老い人ひとり座りをり今日を噛みゐる明日を噛みゐる
鴨川はおだやかなるも速きかは鮎をつるひとつりおとすひと
捨てられて取りのこされて棚のなかねむる大猫まくろき小猫
山上に鉄塔はるかつらなりてわれを呼ぶなりわれはゆくなり
海原をかもめの一羽飛び来たる この岩にとまれ いちづにとまれ
岩礁にかもめの一羽うごかざり動かざるとき重き残照
ならぬならぬ、ならぬならぬとおもひしが見てしまひたり妻の日記帳
にはか雨ビル濡れ木濡れ人の濡れ一円玉も濡れてゐる 踏む
出島への波のよせくる砂のみち鴉あゆめりますぐ歩めり
さびしいぞわが家の壁はさびしいぞ 夕日とともに散髪にゆく
それぞれの石の仏のそれぞれのどこか欠けたるまこと尊し
なんのとりわからぬ鳥のひよいと来て我のめぐりをめぐりて去りぬ
長乗寺踏切といふふみきりをおもおもとすぐ貨物列車は
秋天に柿の実よつつかがやけりどこへもゆかぬ柿の実よつつ
年の瀬のにんじん畑に雪降れりだれも知らざるあわ雪降れり
□オノマトペ
車窓すぐるビルの明かりのくわうくわうとくわうくわうと
照りて人らのをらず
たばたばたば「時の流れに身をまかせ」元日の朝おみくじを引く
とたとたと歩む家鴨とならびゆく愉快といふは具体ならずや
ふくふくと交差点わたる老女なり空の縫ひ目のほどけつつ春
春の日の窓辺の椅子にまどろみぬがくりと折れる首のおそろし
のつそりと厨にきたり餅をやくもちはさみしき食ひものなるよ
霧はれて乗合バスはぱふぱふと猿羽峠を越えゆきにけむ
そつとそつと近づき来たるパトカーは我に用なく右に曲がりぬ
ざわざわざわ 竹の葉あまたゆれてゐる神のとほらぬ山裾ゆけば
人生はごちやごちやごちやのぐちやぐちやだ まあるい眼鏡
それだけでいい