歌の原郷(4)
戦後の多行分ち書き短歌と記号導入短歌について言及しておこう。
前衛歌人の塚本邦雄と岡井隆には、以下のような極端な例がある。
塚本邦雄: 『緑色研究』から
死の核を繞るイリスの三首 (注)三首の文字を図形状に配置した。
愛
の
創めに
呪はるる者
花菖蒲禁色の胎
水に漂ひ 血塗れの
剣の鞘なす 死 の蕾睡る夜
醒むる午 わが地獄
渇く花饐うる魂
楽音に悉く
鏤めた
る
殃
岡井隆: 『E/T』から
梅のすぐむかうに
ふかい闇がある
妻のむかうに
月が
出る
まで
これらの作品の空間配置を歌の内容との関係で解釈した鑑賞を未だ見たことがない。
次に記号導入短歌の例を一首。
青イQQ眠リハ$$$ユメヲQ&見ルツテ★☆!コンナ感ジカ?
荻原裕幸『あるまじろん』
「青イ 眠リハ ユメヲ 見ルツテ コンナ感ジカ」という意味のとれる文字列が、多種の記号に埋もれている。一記号に一拍を当てると、それぞれをどういう音にするか読者まかせ(ム、ム、ズ、ズ、ズ・・とか)だが、短歌の韻律にのる。夢を見ている状況を記号を混ぜて視覚的に表現する実験作である。読者は朗読は難しいが、目で感じ取ることは可能。
聴覚的抒情と視覚的抒情を併せ持つ成功例として、次の一首をあげておく。
にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった
加藤治郎『ハレアカラ』
不思議なことだが、この歌をきっちり五、七、五、七、七で句切って読んで見ると、厭戦気分が漂ってくる。連続する「ゑ」の音と字面のイメージによることは明らかである。
今回とりあげた短歌は、先の口語自由律短歌とは全く異なり、あくまで短歌の韻律を意識している。短歌の範疇にあるものである。
夭折の天才歌人・石川啄木が、恵まれない環境にあって考案した短歌は、和歌の歴史をも含めて「歌の原郷」に思いを馳せる契機になるものであった。