天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

死を詠む(25)

捕虫網

  死ぬるにも力がいると誰か言ひし生のきはみの測りがたしも
                    榎本美知子
  死をとほきものと思はぬゆふまぐれ土手のさくらの遅速に気づく
                     田中滋子
  柔らかく焼きましたよと言葉ありき死しても母は優しさに会ふ
                     阿部和子
  死ののちにくぐるほかなきわが門(かど)を音かろがろと人ら出で入る
                     引野 収
  死の後に吾の帰らむ石ひとつかの磯山の笹群にあり
                     岡部文夫
  捕虫網そっと開いて祖母の手へ死を触れさせしあの秋の午後
                     大野道夫
  とうに死にし父あけがたの夢に来て再び死にてわれを泣かしむ
                     高尾文子
  血のにじむ愛想づかし告げてのち死のかげ匂ふ女となりゐる
                     岡野弘彦


阿部和子は、葬儀担当者から母の死体が柔らかく焼かれたと聞かされ、それを優しく焼かれたと理解したようだが、どんな焼き方なのか不気味さを感じる。大野道夫は少年の頃の思い出の一つであろう。少年は残酷だとは思っていなかったはずだが、祖母はどう感じただろうか。岡野弘彦の女は、死が間近に迫っていたか。愛想づかしを告げたのは、女への未練を絶たせるためであったか、あるいは単に痴情のもつれか、複雑な事情が想像される。