自然への挽歌(4/9)
山の歌川の歌
自然詠は、海や山河、花(植物)鳥(動物)風(気候)月(宇宙)を対象とするわけだが、これらすべてについて近現代の短歌を見てゆく紙幅がないので、代表として山と川を詠んだ作品をとりあげることにしよう。すべてが自然讃美といってよい。詠われている山河は現代的な歌枕になっている。
雲海のはたてに浮ぶ焼岳の細き煙を空にしあぐる
窪田空穂
夏のかぜ山よりきたり三百の牧の若馬耳ふかれけり
与謝野晶子
鵙のこゑ透(とほ)りてひびく秋の空にとがりて白き乗鞍を見し
長塚 節
大比叡や横川の杉の朝あらし一つの鷹を高く翔ばしむ
川田 順
つばくらめちちと飛び交ひ阿武隈の峯の桃の花いま盛りなり
若山牧水
山ふかき猪野々の里の星まつり芋の広葉に飯たてまつる
吉井 勇
はろばろに澄みゆく空か。裾ながく 海より出づる
鳥海(テウカイ)の山 釈 迢空
日をつぎて田植蚕飼の夏に入る山は寂しきかつこうの声
土田耕平
天城嶺は母の山かも。常仰ぎ しかも忘れてゐつつ
心底恋(シタコ)ふ 穂積 忠
夕焼けのうするる空に月たちて石狩の国のひくき山やま
柴生田稔
大雪山の老いたる狐毛の白く変りてひとり径を行くとふ
宮 柊二
母にのます粥をにながら思ふなり山は今宵も落葉するらむ
山崎方代
浅間山裾引く涯の方何里つつじの花野音なくぞ燃ゆ
葛原妙子
二荒の山中ふかく空蝉は水楢のしろき幹にすがれり
森岡貞香
月山に太るあけびらしんしんと霧吐く口をもちてしづまる
馬場あき子
まどかなる若草山を奔る火の今宵は猛き思ひなるべし
藤井常世
海に出てなほ海中の谷をくだる河の尖端を寂しみ思ふ
高野公彦
少年の姿ばかりの炎天下ほのかにかすみ甲斐ヶ嶺青し
三枝昂之
ものおもふひとひらの湖(うみ)をたたへたる蔵王は千年
なにもせぬなり 川野里子
夏のみどりしたたるなかに電線はぼんじゆ梵珠山脈を
越えゆくならむ 小池 光