感情を詠むー「恨み」(1/6)
会はずともわれは恨みじこの枕われと思ひてまきてさ寝ませ
万葉集・作者未詳
*「さ寝ませ」で〈さ〉は接頭語、〈ませ〉は尊敬表現。面白いのは、
恋しい相手に枕を渡している場面である。枕を渡したのは、多分女性
の方であろう。
蜑(あま)のかる藻に住む虫の我からとねをこそなかめ世をば恨みじ
古今集・藤原直子
*「われから」(我から)は、藻などに付着している甲殼類の虫。「我が身ゆえに」
の意と掛けている。
秋風の吹きうらがへす葛の葉のうらみてもなほうらめしきかな
古今集・平 貞文
*「うらみ」は「裏見」と「恨み」の掛詞。
蜑(あま)の住む里のしるべにあらなくにうらみむとのみ人のいふらむ
古今集・小野小町
*「わたしは海人の里の案内人じゃないのに、何で「浦見む」と一つ覚えのように
言ってくるのかしら。」
逢ふことのなぎさにしよる波なればうらみてのみぞ立ち帰りける
古今集・在原元方
*「逢うことの無き」に「なぎさ」の「なき(ぎ)」を掛け、「浦見て~恨みて」、
「波が返る~帰る」を掛けている。
散る花をなにかうらみむ世の中にわが身もともにあらむものかは
古今集・読人しらず
* 花も人も無常を生きる同等の存在である、という。
とふ事をまつに月日はこゆるぎの磯にや出でて今はうらみむ
後撰集・右近
*詞書によれば、久しく訪れない男への思いを詠んだ歌と分かる。こゆるぎの磯は、
相模国の歌枕(大磯あたりの海岸を指す)。「越ゆ」「揺るぎ(心が動揺する)」
などの意味が掛かる。「うらみむ」には、恨みむ・浦見むの掛詞である。右近は、
平安中期の歌人。藤原季縄の娘。醍醐天皇の中宮穏子の女房。主に村上朝歌壇
で活躍。
古今集の歌では、古今集の特徴のひとつである掛詞や言葉遊びがふんだんに
現れている。