天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが句集・平成二十年「透きとほる」

     鳴くほどに身の透きとほる法師蝉

     三頭の乳牛を飼ふ曼珠沙華

     ぎんなんのおもたく落ちて地にほふ

     さまざまの身なりにならぶ案山子かな

     初春の光の海の片帆かな

     石榴垂る人間魚雷の残骸に

     地に落ちてつぼむ花なり酔芙蓉

     穂芒やSLを待つカメラマン

     丹沢の山並みに沿ふ秋の雲

     煩悩の秋の残り火妻を抱く

     色うすき返り花咲く山の墓地

     太陽の雫なりけり柿を食ふ

     煩悩をかたじけなしとお茶の花

     咲き群れて連弾といふ冬薔薇

     倒木の枯葉になづむ山路かな

     遠山の粧ひを見る木の間かな

     山の端にけむり一筋笹子鳴く

     立冬の肩すぼめ読む文庫本

     築山は不二をかたどる石蕗の花

     椋鳥のこぼれんばかり欅かな

     雨粒をやどす白絹冬さうび

     風に鳴る木々の落とせる木の実かな

     戸塚宿上方見附笹子鳴く

     歳晩の試食して買ふ目刺かな

     足音を聞けば浮び来寒の鯉

     突堤に添ひて高まる春の潮

     うららかや葉山の沖の真帆片帆

     松籟の山路かけゆく落葉かな

     山茶花や年内閉門極楽寺

     吾妻山朝日ににほふ水仙

     夜桜や山を出でたるタランチュラ

     水仙の庭に石臼うづくまる

     白雲が灰色に見ゆ富士の雪

     初春や砥ぎ師が座る長谷の露地

     霜柱墓のあるじを驚かす

     風奔る空の高みに春の鳶

     滝水の丈高ければなまめかし

     湯たんぽの皺なつかしき日向かな

     花水木遊行通りに正午告ぐ

     発掘の手を休めたる花ふぶき

     砲撃の演習聞こゆ花吹雪

     鶺鴒の尾のふるる川水ぬるむ

     ちる花にもつれて飛んで蝶かるし

     飯粒を鳩のつひばむ若葉影

     一身に受けてかなしき花吹雪

     水張田の中を左右に水郡線

     釣糸の赤き浮子見る山女かな

     落石の音に驚く山女釣り

     たんぽぽや区画にのこす道祖神

     相模路の闇ふかくする門火かな

     手拭に薮蚊を払ふ山路かな

     仏殿の軒先に生る雀の子

     葉桜の木漏れ陽を踏む甃

     藤棚の風にふかるる写経かな

     木道を赤子這はしむ花菖蒲

     激つ瀬のしぶきをくぐるつばくらめ

     谷戸の墓地売る人涼む木陰かな

     啄木鳥や縄文人の棲みし森

     鳶啼けばひぐらし声をひそめけり

     金網の目をくぐりては梅雨雀

     奉納の砲弾見ゆる茅の輪かな

     蓮の実のふとりて花は散るばかり

     一里塚跡と書かれて彼岸花

     虎尾草の尾が石仏の頬に触れ

     狗尾草(ゑのころ)に飽かずとびつく雀かな

     病葉や蓮の台(うてな)にちりきたる

     本殿は雲の奥なり神の旅

     夢に泣く妻をゆさぶる夜長かな

     葺替を終へて春待つ鴫立庵

     江ノ島や葛の花ちるたつき

     羽ばたきの音の聞こえむ大揚羽

     鎌倉やぼんぼり点す秋立つ日

     足速き舟虫家族逃げまどふ

     宝暦の噴火のくぼみ雪あかり

     秋深し踏み込みがたき寺遺跡

     もののふが住まひの跡や萩の花

     還暦を越えたる象の残暑かな

     腰越に朝日子待つや初御空

 

         還暦の象(三十句)

     秋立つや野山をはしる雲の影

     サルビアの赤に染まれる雀かな

     海浜のサーカステント天高し

     通り雨過ぎてふたたび盆踊り

     還暦の象たゆたへる残暑かな

     もみぢ散る田村俊子の墓とのみ

     朝光やふくら雀の胸白き

     冬潮の毛羽立つかなた不二の峰

     自刃せし矢倉の闇や笹子鳴く

     浮寝鳥真水潮水こだはらぬ

     水仙のこぼせる朝の光かな

     粉雪にいささむら竹鳴りにけり

     巫女が売る破魔矢鏑矢楠の杜

     探梅の径に人寄せ小鳥笛

     あらたまのひもろぎの杜巫女が舞ふ

     松の内七福神をめぐりけり

     初春や若宮大路を人力車

     読経聞く東身延の初えびす

     遊行寺の骨董市は花の中

     菜の花や朝日に伸ぶる人の影

     ひさかたの春日まぶしき象舎かな

     安土城春の雪ふる天守

     立春破邪顕正の弓弦鳴り

     下曽我の女太鼓や梅の花

     ゆく雲の奥に白雲梅雨の空

     塔頭のもてなしお茶と桔梗かな

     江ノ電の窓に追突油蝉

     ヤンママのつくりし浴衣一歳児

     産院の奥に寺あり夏木立

     葛餅は咽喉に詰まらず観世音

 

案山子

わが句集・平成十九年「日の斑」

      川沿ひに滝を目指せる紅葉かな

       笹子啼く実朝政子墓の前

       秋雨や大樹を小鳥棲みわけて

       蟷螂の若きが泳ぐにはたづみ

       秋風の釣果を競ふ魚拓かな

       日の丸の風に散り交ふ銀杏かな

       冬きたる広場に消防音楽隊

       居眠るや電車の床の冬日

       里山の日の斑にひろふ木の実かな

       裏門へまはるしぐれの極楽寺

       冬の海天使の梯子いく筋も

       江ノ電に触るる尾花もありにけり

       水かける水子地蔵も師走かな

       菜の花や潮目たひらぐ相模灘

       押し寄する師走白波和賀江島

       餅つくや八幡宮の幼稚園

       松籟にまぎれて遠し鹿威

       相模野や野焼の炎かぎろへる

       信長の廟所はうつろ冬木立

       足首の失せし鳩くる日向ぼこ

       蚤の市のぼりはためき春たちぬ

       あらたまの富士に白雲巻き立てり

       大寒の寒の極まる極楽寺

       わが影の伸ぶる菜の花畑かな

       菜の花や浮世はるけき不二の峰

       朝戸出の淡き影ふむさくらかな

       発掘の安土城跡春の雪

       開け放つ障子の書斎水仙

       下曽我やここも車座梅見酒

       山門の屋根軽くする初音かな

       うららかや大摂心の禅道場

       椿散って鬱深まりぬ帰源院

       甕出しの老酒に春寿げり

       みなピンク春風に鳴るむすび絵馬

       春風や拍手わきたつイルカショウ

       舎利殿を僧が案内す春うらら

       赤煉瓦駅舎出づれば朝桜

       門前は匠の市や山笑ふ

       うぐひすや水笛を吹くやうに啼く

       石垣は野面積みとふ著莪の花

       海棠の花季に会ふ谷戸の寺

       信号機鳴りて汽車くる桜かな

       断崖の風にあらはる春の鳶

       復元の箱根関所や初つばめ

       葦切の声にいらだつ雀かな

       鎧摺(あぶずり)の渚は白し春の潮

       石仏はさとりすますや著莪の花

       黒猫がくるとささやく立葵

       砂浜の足を引き込む青葉潮

       道の辺に猪の皮干す栗の花

       湿原に雉の声聞く箱根かな

       佇めば直ぐに啼き止む行々子

       仏焔の白きはまれり水芭蕉

       河骨に身をのり出だす木橋かな

       丈低き立子の墓やあやめ咲く

       岩穴に寄せて噴き出づ夏の潮

       白絹の富士まなかひに更衣

       三尊の前にふたつの西瓜かな

       あぢさゐや乳房おもたくたもとほる

       舎利殿の闇覗き込む梅雨の傘

       空の青姫あぢさゐの花にあり

       牡丹咲く透谷美那子出会ひの地

       衆目を集め河豚釣る五月かな

       鶯や羊歯のいのちも盛んなる

       葷酒山門に入るを許さず酔芙蓉

       蝉しぐれ三尊五祖の石庭も

       横須賀や薔薇の向ふに潜水艦

       松籟の風ふところに秋の僧

       飴切るや風鈴市の参道に

       山頂に真白きドーム梅雨明くる

       権現はむくげ花散る祠かな

       岩越えてくる夏潮の白きこと

       藤村のつひの棲み家や風涼し

       「禁煙」の立札にらむ鬼やんま

       黒犬の二頭放てる浜の秋

       みそはぎの根本にひかる谷戸の水

       橋下にオーボエを吹く川の秋

       秋立つと谷戸の竹林さやぎけり

       戦艦の艫(とも)をかすめて都鳥

       炎天の株暴落を目の当たり

       良寛銅像青む夏木立

       夏逝くや長茄子漬に芋焼酎

       スピッツを呼び戻したり秋の潮

 

日の斑

わが句集・平成十八年「滝口」

    滝口の見えざる山のもみぢかな

     ヘリコプター秋の朝日を侵したり

     

        もみぢ(五句)

     白菊に絹のひかりのありにけり

     白鳩のむつめるさくらもみぢかな

     池の面の落葉分けゆく背鰭かな

     焼き芋の声昼時のオフィス街

     銀杏ちつて足裏にやさし九段坂

 

     石仏の首みんなとれ秋の風

     夕されば夢見る東京秋灯

 

        落葉(五句)

     燈籠の影を伸ばせる落葉かな

     うづたかきけやき落葉や相撲場

     生徒らの声にききゐる日向ぼこ

     寒風に御霊屋の木々をめきけり

     高層のマンションの群寒波くる

 

     月光にささやく冬田藁ぼつち

     日の玉や冬西空に膨れ落つ

     すれちがふ電車無人の秋灯

     そこここに落葉が動く群雀

     うららかや日ざしに変る海の色

     冬晴の逆白波をもやひ舟

     大銀杏黄葉(もみ)づる時宗総本山

 

         淑気(五句)

     軍歌聞くふくらすずめの六七羽

     着膨れて一礼に去る鳥居かな

     天地の吹き払はれて淑気かな

     初雪や燈籠の列あきらけく

     雪しづり大樹の下のしとどなる

 

     葦枯れて水面青めり相模川

     梢みな天をさしたり寒の木々

     初雪の残れる闇のなまぐさき

     雪降るやあかり点せる写経場

     雪しづり水面にぎはふ橋の下

     文人の書画見る雪の文学館

     銭湯に車ならべる冬至かな

     江ノ電を待つ小春日の竹とんぼ

     菜の花や雲湧き出づる富士の峰

     立春の光あふるる伊豆の海

     春雨やお百度参りの碑は古りて

     薄氷の下に色あり命あり

     日出づる国初春の神楽かな

     春一番毛羽立つ波の由比ヶ浜

 

         春(五句)

     節分会みな頬張れる恵方巻

     パン屑に雀あつめる春うらら

     お御籤の梢垂れたり春の雨

     啓蟄や鯉の食欲さかんなる

     目が痒い春一番の杉花粉

 

     山頂に珈琲沸かす春の雪

     笹鳴の姿みつけし垣根かな

     流鏑馬の鬣なびく紀元節

     紅雲のたなびく梅の宴かな

 

        花の季(とき)(五句)

     開花まつ庭に軍犬慰霊祭

     咲きみちて堀になだるる桜かな

     花見客どつと笑へり猿回し

     高層の眠りを破る春の雷

     銅像の美髯もかすむ花吹雪

 

     流鏑馬の人馬一体春の風

     白足袋が床ふんまへる弓道

     山は不二花はさくらと岩に座す

     浮雲の縁かがやけり山桜

     銅像も誇らしげなる桜かな

     田安門出づればふぶく桜かな

     木の影のまだら模様やさくら餅

 

        若葉(五句)

     お御籤を桜にむすぶ同期会

     夜桜の吹雪の中や能舞台

     腰を抱く続きを見たし春の夢

     さまざまの花の姿やさくら草

     若葉萌ゆ地酒も売れる陶器市

 

     春光や朝をねむれる虎の縞

     掲示せる遺書にさしぐむ桜かな

     暁の春雷に夢破れけり

     遠くから見るこそよけれ山桜

     水音の谷戸はまぶしや金鳳花

     合格のお礼の絵馬や梅若葉

     回遊の鯉の背に降るさくらかな

     うぐひすや谷ひとつ越え如意輪寺

     早苗田の夕日がまぶし関ヶ原

     鎌倉の谷戸の山なみ山桜

     望郷の碑になみだぐむ初つばめ

     宮ヶ瀬の吊橋あふぐ鯉のぼり

     まづくぐる花の吉野の発心門

     谷わたる鶯そこに西行

     うぐひすや西行庵へ崖の道

     汗ばむやビルの谷間の本能寺

     薔薇香るガールスカウト銅像

     ハマナスに白き花あり走り梅雨

     鎌倉の海毛羽立(けばだ)つや青嵐

     さみだれや象舎にのぞく象の顔

     さみだれや孔雀は高き止り木に

     縁側に句帳をひらく額の花

     大輪の薔薇に近づくイヤリング

     ムクドリのあぐるだみ声さくらん

     ねそべれる犬にまつはり白き蝶

           白き蝶ねそべる犬にまつはれる

           見納めの薔薇苑に押す車椅子

           釣人に梅雨の晴れ間や酒匂川

           仙人掌の黄の花うれし梅雨の門

           托鉢の僧また出でゆくや夏木立

           緑陰や慈母観音を祀りたる

           み仏のたたす光や夏木立

           白秋碑梅雨のけぶれる城ケ島

           台風のきざす海鳴り鴫立庵

           友釣りの鮎を引き抜く川面かな

           釣り下手や力失せたる囮鮎

           岩陰に囮の鮎を沈めけり

           世にふりし宗祇の句碑や蝉の穴

           老鶯の笑ひ声する切通

           風鈴や仲見世通り飴を切る

           わが夜の窓にきてゐる守宮かな

           山門をくぐれば涼し坐禅

           蝉に尿かけられもする木陰かな

           巡礼の鈴鳴り止まぬ団扇かな

           文人の墓地にぎはふやほととぎす

           みんみんのここを先途と極楽寺

           酔芙蓉精進料理をはこび込む

           鳴きやみし蝉を思へり雨やどり

           緑陰や朝にひらく蚤の市

           鎌倉の喜雨山門のやどりかな

     コスモスや空手に先手なしといふ

     この寺に土牢ふたつ谷戸の秋

     ぎんなんのむれたる下の神楽かな

     裁定をまちて今年もつくつくし

     白萩を掻き分けてゆく奥之院

     鬱然とさるすべり咲き極楽寺

     無患子の実は青きまま秋の風

 

竹とんぼ

わが句集・平成十七年「アライグマ」

     ぎんなんを残らず拾ふ神明宮

     山門に帽子忘れてしぐれけり

     赤々と熟柿くづるる谷戸の雨

     秋の日の大名行列うらがなし

     石塊に魂一字菊香る

           草むらに飛び込むつぶて笹子かな

     臨済宗大本山のもみぢかな

           撫で牛の石まろまろと落葉かな

           椎茸のほだ木あたらし赤まんま

           落葉掻休めて僧の立ち話

           結界に佇みて聞く百舌鳥の声

           黄葉の陰なす山や海光る

           街道へ脚立はみだし松手入

           山もみぢ鎌柄はウシコロシとも

           いてふ散る皿布切に刀剣に

           春潮の飛び石わたる和賀江かな

           分岐して道細くなるみかん山

           水仙のすこしさみしき遺髪塚

           断崖へ篁の道笹子鳴く

           泣き顔の延命地蔵冬日

           ラグビーの空が吸ひ込むハイパント

           小春日や客待つ長谷の人力車

           芦ノ湖や波になじめる暮の雪

           行く年を顧みるなり万華鏡

           雪どさと落ちて驚く出湯かな

           大の字に明星ヶ岳雪男

           実朝の歌碑に罅割れ寒桜

           しらかしの梢鳴らせるしぐれかな

           背伸びして羽ばたく鴨にしぐれけり

           着膨れしわが影池の面にあり

           寒鯉の口浮かびくる濁りかな

           道祖神水仙の香にゑみいます

           残雪にわが靴の跡薬師堂

           きさらぎや仏手柑といふ触れてみる

           山頂に胸の早鐘風光る

           風光る西行戻しの松木

           丹沢の稜線春の空を裁(た)つ

           筑波嶺のふもとより見る春の富士

           春風や昼を眠れるアライグマ

           竹筒に蝋燭点す春の暮

           蝋梅や文化四年の常夜燈

           サーファーのピアスが光る春の潮

           春寒し見飽きて出づる秘宝館

           菜の花やまだ眠さうな開聞岳

           腰越はたたみ鰯の春日かな

     笹鳴のやみたる後を凝視せり

           川なりに菜の花咲けり関ヶ原

           春風の吹かば倒れむ立雛

     春風や礼拝殿に赤子泣く

           黒猫が水舐めてをり花筏

           天満橋くぐりて来たり花見船

     縁どりの灯りつやめく花見船

     夜桜の乱れゆるさぬたたずまひ

           ぽあんぽあんぽあん魯迅木蓮咲きにけり

 

         九段坂(五句)

           木を見上げ開花宣言気象庁

           演目は文福茶釜さくら咲く

           みな老いし同期の桜花の下

     窓越しに零戦を見る桜かな

           乙女らの食事羞しも花の昼

 

           はくれんの夜風に揺るる青さかな

           つぼみ割れ白き光や幣辛夷

           こだはらず天に任せよ春の風

           彼岸会の一山おそふ杉花粉

           浮かび来し河鵜を嗤ふ烏かな

           うす墨の九十九谷や春霞

           花吹雪坐禅開始の魚板打つ

 

         柳の雀(五句)

           鳥さかる梢の声のけたたまし

           鯉の上に足垂らしたり残る鴨

           パースペクティブ銀杏若葉と石灯籠

           献木のみな若葉せり鎮魂碑

     薫風に揺るる柳の雀かな

 

     豪農の屋根をしのぐや鯉幟

     白鷺の堰をうごかぬ五月晴

     法要の木魚眠たき五月かな

     一山の甍五月の風の中

     鐘楼に龍が巻き付く若葉風

     幹裂けしケヤキ若葉す鴫立庵

     をさな児が猫と対峙す額の花

     山門の脚をくぐるや額の花

     ほの暗き写経の御堂梅雨に入る

     風涼しパール判事の石碑建つ

     産土の名越の祓ビル谷間

     しつこきは鳩の求愛からつ梅雨

     釣り人の陸軍桟橋初夏の風

     揚雲雀少年野球河川敷

     たばこ屋の古巣うかがふ燕かな

     虫食ひの穴点々と酔芙蓉

     老人に鳩がつきゆく夏帽子

     父の日やジャスミンの花玄関に

     蓮の花水面鳴らせる鯉の口

     拓本の後つやめくや木下闇

     長生きの孔雀啼くなり木下闇

     白き帆のヨットたむろす島の沖

     噴水や水の女神の背丈まで

 

         旧盆(五句)

     絢爛たり色鯉餌に群れて跳ぶ

     政治家の文人画家の盆灯籠

     カツポレは尻つ端折りの浴衣かな

     女生徒の群れてさざめくかき氷

     あめんぼに水面の恋のありにけり

 

     皺くちやの口すぼませてラムネかな

     をさな児の赤きくちびるかき氷

     携帯電話手放さぬ浴衣かな

     黒猫が毛玉吐き出す残暑かな

     入組める運河が臭ふ残暑かな

     山蔭をかがり火出づる鵜飼かな

     川中の木立にふるや蝉しぐれ

     鎮魂碑耳を聾する蝉の声

     足元に鯉の寄りくる扇子かな

     すずかけの下の昼寝をうらやめり

     朝顔の大輪浮かぶ洗面器

 

         生き物の秋(五句)

     蝉声の風に弓張る少女かな

     夏痩せの鴉は不気味見つめあふ

     回遊の鯉のはやさも水の秋

     にはたづみ鳩が水飲む残暑かな

     大輪の朝顔盆にうつぶせる

 

     足元に鯉の寄りくる扇子かな

     すれちがふ電車無人の秋灯(ともし)

     玄関に木の葉ふき入る野分かな

     そこここに蝉のむくろや陽衰ふ

 

         白頭翁(五句)

     予期せざる時と処に彼岸花

     をさな児が指差しだすや赤とんぼ

     一木の梢にぎはし白頭翁

     吹き降ろす風に早まる落葉かな

     そこここに落ち葉が動く群雀

 

     畦に立つ案山子と見れば農夫かな

     月影に萩の花散る極楽寺

 

アライグマ

わが句集・平成十六年「雪螢」

     大仏の背に開く窓や雪螢

     落葉踏みめぐる前方後円墳

     ラジオ点け鋏鳴らせり蜜柑山

     里山にこぼれむばかり小鳥来る

           雲が来る木の天辺の木守柿

     大皿に木の葉がたまる蚤の市

           宝物の風入れの日や笹子鳴く

           名のみなる蛭ヶ小島や稲の波

           修善寺は死への入口杜鵙草

           山霧の森に灯点すバンガロウ

           義貞が駈けし街道威銃

           ボクサーのかまへ崩さず枯蟷螂

           樹齢千年椎の実の落つる音

           湖は逆白波の師走かな

           あをあをと鳩の歩めり冬木立

           冬ともし正座に耐ふる写経場

           落鮎をひろふコサギの白き群

           南天の葉に鯛のせて恵比寿講

           新走安達太良山の伏流水

           足裏にやさしき銀杏落葉かな

           凍りたる雪の山肌茜富士

           旭日に血の甦る冬薔薇

           笹鳴をまねて寂しき秦野かな

           鴨浮かぶヘラ鮒釣りの震生湖

           乳牛の伏してにれがむ冬もみぢ

           初弁天乗合舟に客あふれ

           田子の浦防波堤から雪の富士

           靴擦れの足は冬至田子の浦

           松籟に揺るるひとつの烏瓜

           みどり濃き目白飛び交ふ紅葉かな

           フリスビー追ふ木枯の犬三頭

           レプリカの御膳置かるる囲炉裏端

           江戸の世の農家残せり大根干す

           方丈の主婦にぎやかに煤払

 

                 湘南早春賦(九句)

           大楠のひもろぎ神社初明り

           目白来て寒緋桜にぶら下がる

           探梅は後日期すべき蕾かな

           水仙花曽我兄弟の墓いくつ

           舞ひ終り芸妓が配る梅小枝

           高みより寒九の声や岩登り

           矢筋読み弓手定まる木瓜の花

           春浅き月影ヶ谷極楽寺

           金縷梅の花にぎやかに寺さみし

 

           検校の墓いかめしや藪椿

           観梅や茶釜の尻を炎(ほ)が舐むる

           山下りる胸ポケットに水仙

           やきとりの屋台混み合ふ大晦日

           笹子鳴く賢治の詩碑の細き文字

           書初の半紙が並ぶ福禄寿

     万葉の歌そこここに梅匂ふ

           菜の花といづれまぶしき相模湾

           鎧擦(あぶずり)の海青白き光悦忌

           岩海苔を採る手光れり春の潮

           立春サプリメントを買ひ足せり

           カヌー漕ぐオールに春はしたたれり

           春一番朱塗り剥げたる仁王かな

           塩竈の紅梅手折る好色漢(すきおとこ)

           海神(わだつみ)の光まぶしき島の春

           春一番店軒先のハリセンボン

           春潮の白馬嘶く岬かな

           春霞古りて黒きは東寺の塔

           薬師寺や桃の花咲く西の京

           啓蟄や池にこもれる朱が動く

           鶯の初音ころがる当麻寺

           阿修羅恋ふ若草山の春の月

           藤の影虚子胸像にやはらかく

           春霞二上山をかなしめり

           浮かびくる湯豆腐待てる嵯峨野かな

           菜の花や今にゴッホの現れむ

           可美真手命(うましまでのみこと)和ます花の色

           参拝の是非を問はずも花筏

           初蝶の不意に現はる山路かな

           英文の絵馬も掛かれり楠若葉

           九九消寒中途半端に梅桜

           ひらひらと幣辛夷咲く写経かな

           春キャベツはぐくむ海洋深層水

           草なびく十国峠青嵐

           護摩行の声に抗ふ青嵐

           わたつみの水面傾く青嵐

           老残の鷲の目の開く花ぐもり

           竹の子の皮の脂や谷戸の風

           桐の花かなたに青き武道館

           熊谷草母衣が孕める谷戸の風

           風孕む絶滅危惧種熊谷草

           もじやもじやとなんじやもんじやの花盛り

           藤の花相模の海に皺が寄る

           谷戸若葉僧一列に門を入る

           雛罌粟の花の後なる身重かな

           鎮魂の桜の地下を蝉が這ふ

           苗代の光を返す父祖の墓

           真如門入れば紫陽花なだれくる

           しだり尾の地につく孔雀梅雨に啼く

           天海の毛髪塔は木下闇

           露ふふむ朝霧草の去り難く

           雨雲の奥に青空鮎解禁

           相寄りてはじくる波紋水馬

           大鐘の黙いつよりぞ時鳥

           なつかしき天神の尾根慈悲心鳥

           楼門の下に釘付けいなびかり

           池の面に折れて顔伏すあやめかな

           悪声の鷺を見上げて蓮の花

           悪声の鷺の見下ろす蓮の花

           この堀に生くるものあり蓮の花

           たんぽぽの絮吹く風や磨崖仏

           分かれ道どちらに行くか月見草

           バッグから犬が顔出す暑さかな

           朝涼やアガパンサスの鳴るやうな

           星祭湘南の風さんざめく

           梅雨じめり谷戸のやぐらの石仏

           笹鳴るや七夕姫は襷掛け

           手相見に両手さしだす星祭

           立秋や塩売る店にバスを待つ

           噴水のしぶき避けたる金魚かな

           乳の木の木陰に休むつくつくし

           大磯の真砂荒砂青葉潮

           舞殿や七夕飾りささめける

           一日を蝉鳴きくらす岩殿寺

           遠くより柳を見つつとろろそば

           蝉声の絶えし山門雨蕭々

           逝く夏を鏡に映す三鬼堂

           赤とんぼ殺生石を恐れざる

           生木焚く音の激しき野分後

           蝉穴のあまた鳥肌立つ少女

           にほ鳥の潜きつ浮きつ柿田川

           湧水の八つ橋渡る蝉しぐれ

           柏槙の青き炎や秋の風

           穴あまた発掘現場秋の雨

           烏瓜鳶が見回る島の空

           回遊の尾鰭背鰭や水の秋

           ぎんなんの精が手につく大鳥居

           草ふかみ落鮎釣りの帽子のみ

           瀧水の音に打たるる坐禅かな

           四阿に栗鼠の声聞く島の秋

           猫じやらし車輪きしみて止まりけり

           鎌倉や秋雨をくる人力車

 

田子の浦

わが句集・平成十五年「古城趾」

      古城趾に百舌鳥の高啼く岬かな

            ひよどりの群るる歓喜の一樹かな

            晩秋の谷戸勤行の太鼓かな

      秋の鳶観艦式をうべなへり

            鯔飛ぶや潜水艦の黒き背

            早ばやとボジョレーヌーボー届きけり

            年の瀬や護摩焚く僧に炎立つ

            項垂れて流鏑馬戻る秋の雨

            関跡や従二位の杉に百舌鳥猛る

            曼珠沙華川の湾曲極まれり

            東京に招かれ来る菊師かな

            障子貼る合掌造はれやかに

            水噴ける竹の節穴梅もどき

            山門に真赭(まそほ)の仁王おけら鳴く

            抹茶碗膝に引き寄せ竹の春

            とび職や柿もぎ昼を憩ひける

            土牢の寒さ気遣ふ碑文かな

            北鎌倉のしぐれ聞く閻魔堂

            しぐるるや建長寺法堂の龍

            帚目の砂地一輪冬椿

            鯔飛んで飛んで入りくるやたらひ舟

            身に入むや陶枕小僧四つん這ひ

            慎獨と大書掛かれり冷まじき

            岩壁に人貼りつけり山紅葉

            三門の下の法話や神無月

            冬薔薇豪華客船停泊す

            しぐるるや海を見てゐる「赤い靴」

            廃屋の闇なつかしき紅葉狩

            山茶花のなまめかしきは夜の色

            遠き世の菊の香を嗅ぐ日向かな

            しの笛のおさらひを聞く紅葉山

            冬紅葉放生池の無音なる

            製薬鉢千服茶臼しぐれけり

            潮の香に心やすまる都鳥

            彩りのぬるでかへるで鵯の声

            川原にカモメ集めて男冬

            しぐるるや手持ち無沙汰の刀鍛冶

            初雪や尾根筋黒く現るる

            顔面にしまきて辛き冬の潮

            あらたまの空に雪雲ちぎれ来し

            水温む笊(ざる)新しき銭洗

            母子三人落葉鳴らせる縄電車

            新春や骨董市にあぶな絵も

            鳥瞰の鳥になりたし山眠る

            善兵衛池下手に蜜柑林かな

            位牌並ぶ金剛界冬日

            めでたさや帷子川(かたびらがは)の海豹も

              伊豆の海波の白馬の御慶かな

            杖つきてポストへ歩きゆくショール

            吊橋や冬潮白くめくるめく

            島駈くる郵便かばん年賀状

            川沿ひに歩くが日課蕗の薹

            大試験校舎の時計狂ひたる

            白梅にあからむ稲荷大明神

            早春の帷子川(かたびらがは)を訪ねけり

            方丈に禅の闇あり梅の花

            鳥山の津軽海峡鮪船

            春隣目頭痒くなりにけり

            薪くべて茶釜揺れだす囲炉裏かな

            まつすぐに水仙匂ふ日本海

            大木の浮き根に垂るる氷柱かな

            足元に幸せはあり福寿草

            炭つぎて茶釜沸き立つ冬牡丹

            大山の木地師が独楽のゑびす顔

            雪解の山川の声野良の声

            駐車場車の蔭の猫の恋

            春一番たてがみとなる茶髪かな

            ヤマセミの止まれる春の拡声器

            山上の山羊が見下ろす梅の花

            庭に出て二重縄跳び梅の花

            菜の花の沖に大島利島かな

            のどかさやうさぎが集ふ子のめぐり

            雲ゆくや花は蕾の一夜城

            並べ干す熱海のさより美しき

            さかしまに寒緋桜を目白吸ふ

            青空の花に隠るる天守

            八重桜麒麟の黒き舌が伸ぶ

            野良猫の背撫でてゆく春日かな

            春風や絶滅危惧種恋をせよ

            蜂が酔ふ白雲木の花の色

            藪椿島に鴉と幾世経し

            舎利殿に禅の風吹く弥生尽

            香煙の消えゆく空の花辛夷

            鶯の木立うらやむ籠の鳥

            三世代女ばかりの花見酒

            さくら咲く西海子小路(さいかちこうぢ)文学館

            なみよろふ山なつかしき春霞

            花吹雪包丁式は四條流

            白雲の影に明るむ植田かな

            山門に寝て待つ果報蟻地獄

            をさなどち手をつながずに入学す

            新緑の木々がざわめく歓喜天

            身投げせし采女想へり夏の月

            薬師寺の朝うるはしき五月かな

            うぐひすやたまたま留守の観世音

            若僧が病葉を掃く御影堂

            牛蛙鑑真和上をなつかしむ

            疾駆して弓引き絞る穀雨かな

            風孕むほたる袋や蜂が出づ

            池の面の空にあこがれ水馬(みづすまし)

            腰越や江ノ電止むる夏祭

            瀬の奥に夢の河鹿の鳴きにけり

            線香の煙身に寄せ半夏生

            蕎麦啜る梅雨のはしりの曇り空

            石穿つ水音高き花菖蒲

            満ちきたる青潮白き渦なせり

            家普請楡の木陰の三尺寝

            極楽寺花散る門をくぐりけり

            若葉萌ゆすずかけ大樹ほこらしげ

            側溝の暗きに枝垂る花石榴

            大雨は天の霍乱イルカショウ

            予備校に泥運びくる燕かな

            杉木立滝と背丈を競ひけり

            川魚の光呑み込む海鵜かな

            咲き登り板塀越ゆる花葵

            どくだみの覆ひて見えぬ星の井戸

            人恋し十薬匂ふ谷戸の坂

            額紫陽花底脱(そこぬけ)に井に映る散る

            阿弥陀寺平家琵琶聞く七変化

            暑き日の閑もてあますコウノトリ

            美しき棚田包めり蝉時雨

            艦橋に立ちて胸張る夏の海

            護衛艦の甲板狭し雲の峰

            秋風や象の足にも爪がある

            水嵩を海が引受け秋出水

            鴫立庵落ちたるままの実梅かな

            向日葵が不法投棄の目撃者

            向日葵や不法投棄を目撃す

            金色の寂光梅雨の増上寺

            せせらぎの光に生るる赤蜻蛉

            羽根そよぐ生れしばかりの赤とんぼ

            目覚めたる鴨に寄りくる緋鯉かな

            隅田川ビルの狭間に見る花火

            蓮の葉や尾鰭背鰭のたゆたへる

            炎帝と見る三隻の護衛艦

            横須賀や薔薇の向かふに潜水艦

            鳴く蝉と鳴かざる蝉の逢瀬かな

            じやがいもの花一面の大地かな

            風孕みヨット出でゆく油壺

            鈴屋(すずのや)は二階の書斎秋日差

            鈴屋(すずのや)の硯涼しき古事記伝

            空蝉(うつせみ)が木にしがみつく奪衣婆

            白秋は盲ひて逝きぬ合歓の花

            大いなる跣足が歩く三崎かな

            片蔭をたどり少女はお使ひに

            四日市外れて稲の熟れまぶし

            秋来るも水の濁れる雲出川(くもづがは)

            川下の流れ重たき秋出水

            朝霧をまとふ御稲御倉(みしねのみくら)かな

            頼家の面恐ろしき神無月

            神苑の鹿のみ増ゆる七五三

            木道に水滲み出せり沢桔梗

            夏薊道無き道をあざ笑ふ

            蟋蟀やみづらの埴輪掘り出だす

            逝く夏の北の大地に牛を追ふ

            湧き水に皺あることも酔芙蓉

            神山の影がせり出す花芒

     柏槙をまぶたに坐禅朝の秋

            大鐘に幸綱の歌百日紅

            猿が飛ぶ日向薬師の山の秋

            声あがる足柄道の曼珠沙華

            片足を海に浸けたり秋の虹

            勝ち誇り下界見下ろす鵙の声

            身に入むや方丈暗き結跏趺坐

            「以 レ 和 為 レ 貴」 秋 麗

 

潜水艦

わが句集・平成十四年「からくり時計」

      途切れたる鉄路の先の枯野かな

            秋雨やからくり時計待てば鳴る

     猿島に砲台ありき石蕗の花

            秋風の鼻黒稲荷大明神

            妹の髪にコスモス姉が挿し

            キュキュキュキュと白菜笑ふ小川かな

            人形に別れ告げたり暮の秋

            蟋蟀がぢつと見てゐるデスマスク

            朝寒や母の手の甲頬に当つ

            晩秋の茂吉に墓に詣でけり

            吊橋に山の影さす冬至かな

            断崖を木の実落ちくる男坂

            黒漆しぐれに曇る馬上盃

            試し吹く草笛媼の口の皺

            酒折宮を巡ればひよの声

            校庭に黄葉誇る大銀杏

            手玉石ふたつつるつる石蕗の花

            柿の木の庭に竹馬転びけり

            うららかや杭を離るる渡し舟

            大年の風にざやめく貝細工

            肌脱ぎの三浦大根土ぬくし

            焼芋を頬張りながら蚤の市

            人垣の箱根駅伝湖の風

            年迎ふ鎌倉街道西の道

            あらたまの御賦算右の手のひらに

            初湯浴ぶ不況の巳我和利不動尊

            獅子舞の後からおかめ踊かな

            初御空振ればいななく午土鈴

            静かなる宴なりけり梅の花

            花つみて春の入日を送りけり

            笹むらに淡雪積もる天城越え

            山越えて地に吹きつくる花嵐

            寒肥の野良から眺む白き富士

            草魚文大鉢に浮く椿かな

            樽酒を木の香に酌める松の内

            やどり木のみどりの玉や冬けやき

            菜の花や菱川師宣生れし里

            杖つきて梅の由来を説かれけり

            野島崎春の入日を送りけり

            大寒の朝日ひたひに熱く射す

            梅林の梢やかくも荒々し

            杉木立ゐのしし村に春の雪

     若草や駈けてまろびて犬と子と

     水仙の岬に女泣き崩れ

            トラックの荷台に野梅青白き

            柴又や凧を見てゐる渡し舟

            渡し舟マスクの顔もありにけり

            二日目の雛手のひらに目つむれり

            紅梅や狐祀れる金砂山

            養生の羽衣の松海うらら

            夕陽負ふ次郎長の像紫木蓮

            啓蟄の穴に子の指のぞきけり

            はなももに蜂の集へる歓喜かな

            みどり児がしかと握れる春日かな

            あずさゆみ春の流鏑馬(やぶさめ)雨の中

            刑務所の塀越えて散る桜かな

            木莓に口近づくる岬かな

            校庭にをさな遊ばす桜かな

            むらさきに丹沢ゆるぶ春霞

            花散らす目白鳴き止む鳶の影

            寺毎にやさしき知らせ花祭

            山門に知足の教へ楠若葉

            大杉の影やはらかき春日かな

            さくら散る大正ロマンの蓄音機

            見ぬがよき歓喜天花吹雪

            隅々に早苗植ゑ足す山田かな

            石楠花や庫(くら)に出を待つ大神輿

            撞かれざる大鐘下がる著莪の花

            鎌倉や薔薇咲く庭の文学館

            正面に穂高据ゑたる若葉かな

            初蝶の飛び去り難き沙羅双樹

            山吹や木曽の鉄路をたのします

            野放図にこの世生きたし葱坊主

            保安林松に蝉鳴く岬かな

            貯水池に草生ひ立てり葭雀

            流鏑馬のつばせを下に楠若葉

            代々を京都に住まふ桜守

            鯉幟尾鰭の触るる沙羅双樹

            じやがいもの花に親しむ土の色

            立葵今は使はぬ防空壕

            王宮は地の底にあり蟻の列

     青梅に頭打たせる地蔵かな

            松蝉や石切る音の極楽寺

            不昧公の「龝留(あきる)禅窟」ほととぎす

            下りきたるハングライダー揚雲雀

            鮎釣が中州に並ぶ酒匂川

            川原に石摺り合はす葭雀

            石楠花のエリスマン邸絵に描く

            開山の兄は権現山躑躅

            絵日傘の下に客待つ蚤の市

            梅雨明くる天水桶に水八分

            押し寄する闇に呑まれしどんどかな

            鳥追ひの恋は哀しや風の盆

            タブノキの木陰に涼む地霊かな

            勤行の声聞く庭の白木槿

            神宮の木の鬱晴れる花菖蒲

            鮎釣の向かひ合ひたる酒匂川

            古池や森青蛙の泡宇宙

            夕暮の風に秋立つ日なりけり

            鯔飛んで飛んで腹打つ河口かな

            人形に息吹きかけて夏祓

     萱草の花断崖をやさしうす

            病葉の鈴懸の道モデル立つ

            うすうすと雨降る谷戸の七変化

            梅雨空の鬱をわかてり楠の森

            なみよろふ夏山仰ぐ梓川

            弱竹(なよたけ)の光に青む夏座敷

            しらかしの肌滑り落つ秋の蛇

            林立の帆柱鳴らす初嵐

            舌鳴らし水飲む犬や敗戦忌

            信玄の遺訓鴨居に夏座敷

            片蔭の百葉箱を怪しめり

            蓮の花拈華微笑をうべなへり

            信玄の墓ゆるぎなし夏木立

            老僧の墨痕淋漓夏座敷

            大菩薩峠からくる夕立かな

     一山は神仏習合蝉時雨

            水張り朝顔浮かす洗面器

            蝉の穴数へて埒もなかりけり

            真言のかな書き写す藪蚊かな

     秋彼岸遊行柳の道暮れて

            方丈の庭に水撒く光かな

            廃線の鉄路を蜥蜴走り出す

            銭亀の顔あまた浮く極暑かな

            突如鳴る秋の風鈴おそろしき

            秋暑し振り子止まれる大時計

            本堂の縁側に踏む秋日差

            音たてて石橋渡る飛蝗かな

            流燈の立ち去り難き中州かな

            雲が飛ぶゆきあひの空秋茜

            面伏せて向日葵枯るる相模小野

            秋雨や水琴窟は鳴り止まず

            酸漿や雨脚強くなるばかり

            秋風や柱背にして胡座組む

            秋雨にやさしくなりぬ時計草

            うるはしき客を待つらむ金木犀

            長雨や泥(ひぢ)に貼りつく萩の花

            秋風や買ふ人もなき恋みくじ

            雁病みて犬飼星は瞬けり

 

からくり時計