天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

道づくし(9/11)

藤原定家の肖像(webから)

最後に、古今の前衛歌人二人、藤原定家塚本邦雄の道のうたを比較してみよう。ふたりとも道のバリエーションが群を抜いて多いのである。各々十首をあげる。
先ずは藤原定家の場合を『拾遺愚草』から(但し山路の歌以外)。


 敷島の道しるき身にならひおきつ末とほるべきあとにまかせて
 明けぬとて別れし空にまさりけりつらきうらみに返る戀路は
 いかにせむ雪さへけさはふりにけりささ分けし野の秋の通路
 これにみつ越路の秋もいかならむ吉野の春をかへるかりがね
 関路こえ都こひしきやつはしにいとど隔つるかきつばたかな
 海わたり浦こぐ舟のいたづらにいそぢを過ぎて濡れし袖かな
 雲路行く雁の羽風も匂ふらむうめ咲くやまのありあけのそら
 知らざりき秋の潮路をこぐ船はいかばかりなる月を見るとも
 かきくらす夕の雪にせきとぢてこころやみぢに通ひ侘ぶらむ
 忘れぬは波路の月にうれへつつ身をうしまどにとまるふな人