喜怒哀楽のうた(3/4)
哀れ(悲しみ)
春はただ花のひとへに咲くばかり物のあはれは秋ぞまされる
拾遺集・よみ人しらず
あはれてふことこそうたて世の中を思ひ離れぬほだしなりけれ
*うたて: 情けない。 ほだし: 妨げ。束縛するもの。 一首の意味は、
「あはれという言葉こそ情けない。このつらい世の中から思い離れられない足枷なのだ。」
恋せずば人はこころもなからましもののあはれも是よりぞしる
心なき身にもあはれは知られけり鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮
竹の葉に風吹きよわる夕暮のもののあはれは秋としもなし
これやその昔のあとと思ふにもしのぶあはれの絶えぬ宿かな
まして人いかなることを思ふらむ時雨だに知るけふのあはれを
出羽弁
*出羽弁(いでわのべん): 平安時代中期の女流歌人。「後拾遺和歌集」以下の
勅撰和歌集に入集。
しみじみと物のあはれを知るほどの少女となりし君とわかれぬ
春尽くるあはれも吾れの感ぜねば仕事のうへに今日も争ふ
悲しみの結実(みのり)の如き子を抱きてその重たさは限りもあらぬ
遠くよりさやぎて来たる悲しみといえども時に匕首(ひしゆ)の如しも
岡部圭一郎
行きて負うふかなしみぞここ鳥(とり)髪(かみ)に雪降るさらば明日も降りなむ
山中智恵子
*鳥(とり)髪(かみ): 島根と鳥取の県境にある「船通山」(せんつうざん)を指す。
出雲地方では古来「鳥上山」(鳥髪山)と呼ばれてきた。
過ぎゆきしかなしみごとを木(こ)の実拾ふ思ひに似つつ偲ぶときある
宮 柊二
悲しみの底よりひびくもののこゑ秋の夜ふけに目覚めてぞ聴く
安田章生
鬼たらばいかにか生きし人生の折々の悲(ひ)に人たりしこと
馬場あき子
渡らねば明日へは行けぬ暗緑のこの河深きかなしみの河
何気なく交せし言葉の断片が時経てかなしみの繭となりゆく
千々和久幸