天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧

短歌と詞書

和歌、連歌、短歌、俳諧連歌(連句)、発句、俳句といった経過をたどって、短詩型が独立した。当然、完結した文芸であることを前提にしている。詩型の特徴・約束事をふまえた解釈が必要になるにしても、作者名・境遇や作られた背景を知っても評価が変化しな…

時よ、止まれ

ドイツの大詩人ゲーテは、「全ての詩は機会詩である」と言ったという。この世の一瞬間は、あまりに美しく個人にとって生涯にただ一度しかない機会なのだから、そこから生まれる詩はすべて機会詩ということになる。これでは、分類に使えなくなってしまう。た…

芭蕉開眼の前後(5/5)

芭蕉開眼の時期 芭蕉の開眼については、長谷川櫂『古池に蛙は飛びこんだか』 (中公文庫)から、以下に引用しよう。 「 古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉ある春の日、芭蕉は蛙が水に飛び込む音を聞いて古池を思い浮かべた。すなわち、古池の句の「蛙飛びこむ水の音…

芭蕉開眼の前後(4/5)

本歌取り句の割合と経年変化 芭蕉の全句(976句)について、本歌取り法(引用法)で作られた発句を調べると116句 (11.9%)ある。あいまいなものは除いたので、最小限といった数である。これらについて堀信夫監修『芭蕉全句』によって、年代順に分布を見てみ…

芭蕉開眼の前後(3/5)

本歌・引用の出処・種類 前章でいくつか例を示したが、芭蕉の本歌取り法(引用法)で作られたおおむね全ての作品について、本歌・引用の出処・種類を調べると、次のようになっている。 和歌: 43句 『山家集』『古今集』『新古今集』『千載集』『万葉集』『…

芭蕉開眼の前後(2/5)

本歌取り法(引用法) いくつかの具体例をあげることから始めよう。 小萩ちれますほの小貝小盃 衣着て小貝拾はんいろの月 いずれの句も『山家集』の西行歌「汐そむるますほの小貝拾ふとて色の浜とはいうにやあらん」を踏む(本歌取り)。 月ぞしるべこなたへ…

芭蕉開眼の前後(1/5)

はじめに 芭蕉が精進した俳諧は、周知のように連歌形式から出発している。複数の人達(連衆)が、長句と短句を交互に詠み合って、句の内容の展開を楽しむ文藝である。初めの長句(発句)を作る際には、主人や開催地への挨拶句とする場合もあるし、たびたび同…

あたみ桜

かんぽの宿別館に一泊した翌日は、バスで山を下り「銀座」バス停まで行った。ここがちょうど糸川のあたみ桜のみどころになる。橋のそばにはあたみ桜の標準木がある。説明板によると「あたみ桜」は、明治4年頃にイタリア人によって熱海にもたらされたという…

熱海梅園

例年なら梅の花見に、下曽我、湯河原、横浜三渓園などに出かけるのだが、今年は天候不順もあって、行けなかった。なんとかしたいと泊りがけで熱海梅園を訪ねた。いつものようにカンポの宿別館をとった。熱海駅では、バスが満杯だったのでタクシーに乗った。…

短歌の朗読

短歌に興味を持ち始めたときから、疑問に思っていたことがある。未だに納得できていないこと。それは、短歌という言葉に歌が含まれているのだが、歌として読まれる場面が少ないこと、歌会始での読み方が現代人が思っている歌とは感じられないこと、朗詠とは…

万葉と新古今・動物比べ

万葉集に現れる動物を調べてみる。詞書、注などにも入っている動物も含めると946個所に現れる。全歌数4516首に対して21%である。動物の種類では、92種になる。 新古今集に現れる動物を調べてみる。全歌数は1978首あるが、うち258首に現れ…

短歌と「あはれ」(13/13)

おわりに 和歌、短歌における「あはれ」の歴史的変遷、系譜をたどってみた。その使用状況をあらためて時代順に整理すると次のようになる。 作品、歌人 対象歌 「あはれ」歌 割合 備考 万葉集 4,516 5 0.1% 「あはれ」は極めて少ない。 古今集 1,111 20 1.8% …

短歌と「あはれ」(12/13)

さて小池 光の9歌集の全歌4,243首中の「あはれ」歌66首について、一首の中で「あはれ」の置かれている場所を分類してみると、初句に3首、中句(二、三、四句)21首、結句に42首 となっている。それぞれにつき特徴的な例をあげる。 あはれ白痴のねむりにあれ…

短歌と「あはれ」(11/13)

■小池 光の場合 小池 光も、斎藤茂吉をよく読み込んで様々な面から短歌作品を鑑賞している。著書の『茂吉を読む』(五柳書院)が一例である。この書で取り上げた茂吉の「あはれ」歌は、次のようなもので、9首ある。*印のところに小池のコメントや茂吉の自注…

短歌と「あはれ」(10/13)

その他に、次のように「あはれ」を続ける例も数首ある。茂吉から学んだのであろう。 女(をみな)とふ摩訶不思議と一つ家(や)に棲みふりにつつあはれあはれあはれ 『人生の視える場所』 北風の老いを援(たす)けてあはれあはれM駅新設エスカレーター 『神の仕…

短歌と「あはれ」(9/13)

■岡井 隆の場合 岡井 隆は、結社「アララギ」の会員であり、斎藤茂吉の研究者であった。「あはれ」の用法も茂吉から多くを学んだようで、「あはれ」歌の使用頻度は、次に示すように茂吉(1.9%)を超えて2.0%と高い。ただ西行の5.2%や新古今集の2.7%には及ばな…

短歌と「あはれ」(8/13)

■塚本邦雄の場合 塚本邦雄は、新古今集の主要選者である藤原定家を高く評価する一方で、西行を毛嫌いした。前衛短歌の旗手である塚本が、和歌の革新者であった定家を好んだ理由は明解だが、西行を嫌った理由は、西行の性情・行動と歌の内容との矛盾が気に食…

短歌と「あはれ」(7/13)

次に結語の「あはれ(3音)」の例を。 荒磯(ありそ)べに歎くともなき蟹の子の常(とこ)くれなゐに見ゆらむあはれ 『赤光』 しんしんと夜は暗し蠅の飛びめぐる音のたえまのしづけさあはれ 『あらたま』 寝所(ふしど)には括(くくり)枕のかたはらに朱の筥枕(はこ…

短歌と「あはれ」(6/13)

総じて茂吉には、「あはれあはれ(6音)」(27首)、結語の「あはれ(3音)」(49首)、他に「あなあはれ」(3首)、「もののあはれ」(2首)などが見られる。 「あはれあはれ」の例歌を数首あげる。一首目は、四句と結句に分離している珍しい例。 さげすみ果てしこ…

短歌と「あはれ」(5/13)

■斎藤茂吉の場合 正岡子規の薫陶を受けて万葉集を称揚した斎藤茂吉の歌には、「あはれ」を詠み込んだ作品が多い。十七歌集の全14,020首中267首(1.9%)になる。この傾向は、やはり西行や新古今集から学んだことに起因している。万葉集ではない。ちなみに、斎藤…

短歌と「あはれ」(4/13)

近現代の短歌と「あはれ」 「もののあはれ」や「あはれ」の感情を表現することは、王朝文藝の主題であり、殊にも和歌ではいくつものレトリックが編み出された。「あはれ」という言葉を直に使用する場合は、芸がなさすぎるようでもあり、実態を調べてみたくな…

短歌と「あはれ」(3/13)

次は、紀貫之著の土佐日記(935年)について。ここで文献上はじめて「もののあはれ」が使用された、らしい。大津から浦戸を目指して船を漕ぎ出す場面で、船出する人々と送り出す人々との間で、歌を詠み合うなどして別れを惜しんでいるのだが、その情趣を解さな…

短歌と「あはれ」(2/13)

和歌の時代 「あはれ」に関わる和歌集などを、成立年代順にみていこう。先ずは万葉集(759年)から。万葉集(4516首)に見る「あはれ」の歌はつぎにあげる5首にすぎない(0.11%)。 家にあれば妹が手まかむ草枕旅に臥(こや)せるこの旅人あはれ 聖徳皇子 (巻…

短歌と「あはれ」(1/13)

はじめに 「あはれ」という感情は、日本の詩歌のみなもとである、と言われる。とりわけ和歌・短歌において強く意識される。では、「あはれ」とは具体的にどのような感情なのだろうか。「あはれ」の具体を辞書(『例解古語辞典』 三省堂)によって考えてみる…

和歌の鳥(9/9)

新古今集に、鷹(はし鷹)の歌は二首、鷲の歌は一首ある。鷲は、辞書によれば、「タカ目タカ科に属する鳥のうち、大形種の総称。小形種をタカというが明確な区別点はない。」とある。鷹は日常的に眼にする鳥であったが、鷲は仏教の伝説と結びつて考えられた…

和歌の鳥(8/9)

山鳥は、キジ目キジ科の鳥で日本特産。本州・四国・九州の森林にすむ。新古今集に山鳥を詠んだ歌は、以下の四首。 さくら咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな 後鳥羽上皇 雲のゐる遠山鳥のよそにてもありとし聞けば侘びつつぞぬる よみ人知ら…

和歌の鳥(7/9)

新古今集には、鳥の「鵜」を単独で詠んだ作品は、見当たらないが、鵜飼舟として以下の四首が詠まれている。 鵜飼舟あはれとぞ見るもののふのやそ宇治川の夕闇のそら 慈円 鵜飼舟高瀬さし越す程なれやむすぼほれゆくかがり火の影 寂蓮 大井河かがりさし行く鵜…

和歌の鳥(6/9)

新古今集には、鵲(かささぎ)を詠んだ歌が三首ある。鵲は、スズメ目カラス科の鳥。日本へは一六世紀末頃朝鮮から持ち込まれたとされ、筑紫平野で繁殖し、天然記念物に指定されている。なので、新古今集に詠まれた歌は、七夕の伝説に想を得たもの。 鵲の雲の…