天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2021-02-01から1ヶ月間の記事一覧

心を詠む(7/20)

心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな 後拾遺集・三条天皇 *「心ならずもこの世に生き永らえたなら、いつか恋しく思い出すに違いない――そんな月夜であるよ。」 百人一首にあるので有名。 心をばとどめてこそは帰りつれあやしや何のくれ…

心を詠む(6/20)

つらしとはおもふものから恋しきは我にかなはぬ心なりけり 拾遺集・読人しらず *「あの人は薄情だと思うのに、恋しい思いは、わが心ではない感情だったことよ。」自制できない恋心を詠んだ。 かずならぬ身は心だになからなむ思ひ知らずば怨みざるべく 拾遺…

心を詠む(5/20)

面影をあひみしかずになすときは心のみこそしづめられけれ 後撰集・伊勢 *姿を思うだけでも実際に逢う数に加えられれば、心が鎮められるという。 思ひやるこころばかりはさはらじを何へだつらむみねの白雲 後撰集・橘 直幹 秋萩を色どる風は吹きぬとも心は…

心を詠む(4/20)

立ちかへりあはれとぞ思ふよそにても人に心を沖つ白波 古今集・在原元方 *掛詞で成り立っている。立ちかへり: 波が寄せては返す意を掛ける。 おきつ: 「置きつ」「沖つ」の掛詞。「繰り返しあの人を恋しく思うよ。遠くからあの人に心を寄せてしまった、寄…

心を詠む(3/20)

かたちこそみやまがくれの朽木なれ心は花になさばなりなむ 古今集・兼芸 *「姿形は奥山の朽ちた木のようにみすぼらしくても、心持ちは花のようになれるものだ。」 人は見た目ではなく、花になる心が大切! という。 身をすてて行きやしにけむ思ふより外なる…

心を詠む(2/20)

心には千遍(ちたび)思へど人にいはぬわが恋妻を見むよしもがも 万葉集・柿本人麿歌集 *「恋妻に逢いたいと心には千遍も思っているが、人には言えない。なんとか逢う手立てはないものか。」 徘徊(たもとほ)り往箕(ゆきみ)の里に妹を置きて心空なり土は踏めど…

心を詠む(1/20)

このシリーズでは、「心(こころ、情)」という字を入れてこころの状態を詠んだ作品を取り上げる。ただし熟語は除く(歌の数が多くなりすぎるため)。 心の語源は、「こりこり、ころころ(凝凝)」。 三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなも隠さうべしや 万…

文(房)具を詠むー原稿用紙・地球儀

五百枚の原稿用紙買ひ持ちていまだ紙なる重さを運ぶ 大西民子 原稿用紙を鶴にカッパに折りたたむコタツの卓にもの書きあぐね 道浦母都子 原稿用紙の桝目はみでる「鬱」の字は手足をたたみ恐縮している 小高 賢 書き進む原稿用紙に手の汗の幾度か滲(にじ)む夜…

文(房)具を詠むー硯

硯(すずり)は、墨を水で磨り卸すために使う石・瓦等で作った文房具。日本での硯の使用は、すでに弥生時代にあったという。 四方の海を硯の水につくすともわが思ふことかきもやられじ 新勅撰集・藤原俊成 いつとなく硯にむかふ手ならひよ人にいふべき思ひな…

文(房)具を詠むー墨・インク・クレヨン(2/2)

インク(英語ink)とは顔料・染料を含んだ液体、ジェル、固体で、文字を書いたり表面に色付けするために用いられるもの。油性や水性がある。墨も一種のインクといえる。 クレヨン(フランス語から)は、溶かした蝋と顔料などを混ぜて棒状に冷やし固めた画材…

文(房)具を詠むー墨・インク・クレヨン(1/2)

墨は、菜種油やゴマ油の油煙や松煙から採取した煤を香料と膠で練り固めた物、またこれを硯で水とともに磨りおろしてつくった黒色の液体(墨汁)のこと。 する墨をあらふ涙はさもあらばあれさてかくあとも思ひならずや 慈円 たのしみはわらは墨するかたはらに…

文(房)具を詠むー筆・鉛筆・ペン(3/3)

万年筆の原理は、ペン軸の内部に保持したインクが毛細管現象により、溝の入った芯を通してペン先に持続的に供給される構造にある。 日本における鉛筆は、徳川家康が最初に使用したという。しかし定着はせず、輸入が始まるのは、明治時代になってからだった。…

文(房)具を詠むー筆・鉛筆・ペン(2/3)

立ちぎはの端書(はがき)一枚えんぴつの文字もかすれぬ何処(いづく)へむかふ 松村英一 *端書: 紙片にしるす覚え書き。 死にし子が中ば削りし鉛筆の脆きくれなゐの芯もかなしも 木村捨録 鉛筆の芯をとぎつつ幼きは幼きながら眼を刺す知恵を 坪野哲久 *なん…

文(房)具を詠むー筆・鉛筆・ペン(1/3)

「文房具」の「文房」とは、書斎のことで、そこに備えておく道具が、文房具になる。大まかに筆、墨、硯、紙の4点を指すのが一般的。なお文具というとそれ以外の品を含める。 頼もしな君君にます折にあひて心の色を筆にそめつる 西行 *下句は感動した思いを…

田畑のうた(8/8)

ダムの面吹きくる風のつめたかり人参背負ひ山畑下る 下平武治 種子ならず土壌重んずる焼畑は山の神なる女の文化 伊藤一彦 *種子を男に、土壌を女に見立てた発想だろう。 はるかにも花畑つづくに此処よりは踵かへせといふ札の立つ 池田まり子 未熟なる実が毒…

田畑のうた(7/8)

桃の木はさびしき冬木となりをはり畠に灰を捨てて人去る 小暮正次 菊畑に鋏の音のいつまでも鳴り夕靄は谷田(やつだ)を埋めぬ 大野誠夫 篁が夕日をはじき麦畑が青くいろどる冬枯るる野を 結城哀草果 *篁(たかむら): 竹が盛んに生えているところ。たけやぶ。…

田畑のうた(6/8)

いつの日か田の埋まらむ一人植うる濁りに白きビルのゆらげり 中村文子 かはるなく屈みて終る吾が未か草取る姑の田に低き影 中村文子 *自分の未来を田の草を取る姑の姿に見ている。農家の嫁姑の人生を詠んで、重苦しい。 眼窩数多(あまた)もてるおどろの実を…

田畑のうた(5/8)

二三時間前に水張り終りたる田なかはすでに泳ぐ虫あり 浜田康敬 ひとり田を掘り返しいる老婆いてしきり降る雪を土に埋めゆく 浜田康敬 休耕田のむかう小手毬の吹かれゐてかはたれどきをかむなぎの舞 長尾朝子 *かむなぎ: 神に仕えて、神楽を奏して神意を慰…

田畑のうた(4/8)

峡ふかきかたむく棚田に田(た)下駄(げた)穿き頬冠る農婦のろく稲刈る 結城哀草果 新(にい)みどり濃き谷底の一枚田このゆふかげに田植ゑゐる見ゆ 中村憲吉 見下しの棚田の面に浮苗は片寄りにけり日本の平和 宮 柊二 *浮(うき)苗(なえ): 田植え直後、あるい…

田畑のうた(3/8)

段々の田を落ちめぐる水のこえ烈しき雨のなかにうたえり 草野比佐男 をつくばの山かきくもり葛飾や苗代小田に小雨ふりきぬ 加藤千蔭 *をつくばの山: 筑波山のうちの男体山をさす。 女郎花ふさたをりにと来し君は妹が門田に穂むき見がてら 本居大平 *本居…

田畑のうた(2/8)

いくばくの田をつくればか郭公しでのたをさを朝な朝なよぶ 古今集・藤原敏行 *「どれほどの田を作っているからというので、ほととぎすは、「シデノタヲサ」と鳴いて、あの田植えの統率者である、しでの田長を毎朝毎朝呼ぶのか。」 春の田を人にまかせて我は…

田畑のうた(1/8)

我々が田畑での農作業を見かけたり、その様子を短歌に詠んだりすると懐かしさを覚えるのは、弥生時代からの日本人の遺伝子によるのであろう。 わが門(かど)に禁(も)る田を見れば佐保の内の秋萩薄(すすき)思ほゆるかも 万葉集・作者未詳 *「我が家の門のあた…

火山、温泉(4/4)

ゆあみして泉をいでしやははだにふるるはつらき人の世のきぬ 与謝野晶子 山の上に湧く温泉のあつくして素枯れし薄少しばかり青し 吉田正俊 音たてて湧く湯は泥をふき上げていはほに残る白雪を染む 五味保儀 *いはほ: 巌でごつごつした大きな石、岩。 湯口(…

火山、温泉(3/4)

足柄の土肥の河内(かふち)に出づる湯のよにもたよらに子ろが言はなくに 万葉集・作者未詳 *上句は湯河原の温泉をさす。 「足柄の土肥に湧く温泉のように、二人の仲は絶えることなどない、とあの娘は言うのだけれども」 つきもせず恋に涙をながすかなこやな…

火山、温泉(2/4)

沼のうへ重くくるしき隆起あり泥火山にて泥塔をなす 佐藤佐太郎 *泥火山: 地下深くの粘土が、地下水やガスなどとともに地表に噴出、堆積した地形。 火山灰(よな)熄まず刑おもりゆく町々か寺院の如く声をのむ枝 浜田 到 セントヘレンズ噴火の灰があはれあは…

火山、温泉(1/4)

火山とは、地下のマグマが地表に噴出するために生じた地形や構造をさす。噴出するマグマの種類や性質により,火山の形態や構造が変化する。火山の近辺には、地熱で温められた地下水が湧出する温泉(出湯)がある。 寂しければ首さしのべてわれの見る火山の島…

島を詠む(3/3)

憎しみと愛と残れる環礁(リーフ)の島ジュオン壮年にして我を待つとぞ 前田 透 *環礁: 環状に形成される珊瑚礁。 「ジュオン」が不明だが、憎しみと愛を分かち合った人と解する。 島あれば島にむかひて寄る波の常わたなかに見ゆる寂しさ 佐藤佐太郎 *わた…

島を詠む(2/3)

二百十日の雨滝のごとくおちたれば海のただなかに島は濡れぬるる 橋本徳寿 翼張りて鷗とびゆくをち方に又はじめての島見出でつる 石榑千亦 寂しければ首さしのべてわれの見る火山の島は濡れてゐにけり 福田栄一 *作者は火山の島に感動して涙ぐんでいたのだ…